第五十八話「醍醐味」
「良いぞ紅!」
克磨の声が紅を安心させる。
(ちゃんと、出来た)
ドライブに横回転を混ぜた事で、巫子のコース予測を僅かに狂わせた。
ぶっつけ本番での試みだったが成功したのは、これまで基礎能力を地道に積み重ねてきたおかげだ。
「紅ちゃん、ナイスドライブ」
真珠は床を向いていた顔を上げた。
試合中は冷たい表情の真珠だが、今は少しだけ楽しげだ。
「私も打ちたくなってきちゃった」
次は紅のサーブ。
ただの下回転。
(今回の本命は)
(白雲さんの方ですね)
巫子は真珠が決めに来る事を予測し、出来るだけ強打されづらいコースを選んで返す。
身体の正面、ミドル。
(そこからでも打ってくるでしょう。ですが、私の『粛岑』で)
人葉はラケットを立て、防御態勢に入る。
しかし、真珠はそんな事は気にしていなかった。
(『槍貫』!)
ラケットを大きく後ろに引いて溜めてから、前に向かって一気に伸ばす。
槍と貸したボールがコートを貫く。
(なっ!?)
浅く跳ねて、一瞬で間合いの後ろまで通り抜けてしまった。
「テン、スリー」
「よし!マッチポイント!」
「ここで決めろーっ!」
春呼が拳を高く挙げて鼓舞する。
「すぅ、ふぅ」
真珠は深く息を吸って、吐いた。
体力は限界寸前。
何としてもこのポイントで決めるため、集中力を極限まで高める。
(最後まで、油断しない!)
紅は下回転の短いサーブ。
ミドル寄りのフォアへのサーブに、巫子は身を乗り出す。
(『喜柳』!)
ほぼ真横にバウンドするほどの強烈な横回転。
真珠はフォア側へ跳び、ドライブで返した。
(あれを返しますか!)
人葉も同様に、真珠のドライブに追いつく。
ラケットを立て、得意のブロック。
(『粛岑』!)
ボールがラバーに触れる瞬間に、ラケットを任意の方向に一瞬だけ動かす。
これにより、ブロックした打球の回転が変化する。
些細な変化だが、これが勝負を分ける事さえある。
「つっ!?」
紅はこのブロックに反応したものの、『粛岑』の回転の影響で浮かせてしまった。
当然、浮いた球は打たれる。
「はぁっ!」
巫子は渾身のスマッシュを放った。
短い時間での、息もつかせぬ攻防。
これが卓球の醍醐味だ。
(私、今!)
真珠は一歩でスマッシュに追いつく。
(卓球してる!)
残っている力を全て注ぎ込んだような、圧倒的な威力。
人葉と巫子、いや真珠以外の誰も反応出来なかった。
「え、えっと」
審判をやっている隅根の部員が狼狽えていた。
「箱石の得点ですねー。いや本当に凄まじいスマッシュでしたー」
隅根の監督、出石譲侍がいち早く映像を確認しながら言った。
「はいっ。ゲームアンドマッチトゥ箱石」
得点だけ見れば、箱石の圧勝。
しかし、かなり危うい勝利となった。
「やったね!」
「うんっ!」
それでも、勝ちは勝ち。
真珠と紅はハイタッチを交わした。




