第五話「居心地」
部活動見学二日目。
授業が終わってすぐに真珠は格技場に向けて走り出す。
「そんなに急がなくても良いんじゃないっ!?」
紅はずり落ちそうになるカバンを揺らしながら真珠を追いかける。
「練習時間が少なくなったらもったいないでしょーっ!」
格技場の鍵は既に開いていた。
「おう!遅かったな!」
春呼が先にいた。
「は、速すぎ、、、」
紅は息を切らしながら言う。
授業が終わってからまだ一分しか経っていない。
更衣を済ませ、卓球台の準備に取り掛かる。
「春呼、先生が授業後に課題を回収していましたよ。早く行かないと」
「あー、課題なんてあったか?」
女乃はため息をつく。
「昨日の授業で去年の分の復習問題が配られたじゃないですか」
「うーん、そんな気もする」
「真珠ちゃんは課題やる人だよね?」
紅は真珠に確認を取る。
「あはは、流石にね」
「アイサ教えてあげなよー」
「言い出した本人が責任持って教えなさいよ」
美翠とアイサが扉を開けながら会話に加わった。
「そう言えば、卓球を教えてくれる先生やコーチっているんですか?」
真珠はネットを張りながら尋ねる。
「顧問の先生はいるよ。相田先生って言うんだけど、卓球経験無しで名前だけ。美術部の顧問も兼任しててそっちがメインだからこっちには顔も出さない。一応大会の引率はしてもらえるし、それだけで十分ありがたいけどね」
この箱石高校は教師の数も少ない。
「そうなんですね、、、」
「だから先輩が後輩に教えて、後輩はそのまた後輩に教える。技術が脈々と受け継がれていき、経験は蓄積されていく。それが箱石流って事なのかもね」
アイサの視線の先の壁には文字が刻まれていた。
真珠と紅は近づいて読んでみる。
「これ、全部人の名前ですか?」
「そう、箱石卓球部が出来てからの部員全員の名前。五十年分くらいかな」
一番端には現部員の名前もあった。
「ここにあなた達の名前も刻まれるんですよ」
真珠は目を輝かせる。
「おおー!」
「わ、私でもここに並んで良いのかな、、、」
「もちろん大歓迎。それに、紅ちゃんにはこれから強くなってもらうよー」
紅はにやりと笑う美翠の表情から練習がハードになると宣告された事を感じ取った。
「まずは準備体操からー」
身体を念入りにほぐし、ランニングに移る。
重い扉を開けた真珠は誰かが格技場の前から立ち去るのを見た。
「卓球部に用があったのかな?」
走るコースとは逆方向に向かっていったため、追わなかった。
「紅、一緒に走ろうか」
「は、はい!」
アイサは紅にペースダウンさせないつもりかもしれない。
真珠は昨日と同じく春呼を目標にする。
「よーい、ドン!」
部活動見学三日目、最終日。
「ついに来週、本入部かー」
「今とあんまり変わらないんじゃない?」
ランニングのために重い扉を開けて外に出る。
「あ、昨日もいた」
格技場の前にいたのは一人の男子。
真珠は予想を口に出す。
「もしかして、卓球部入るの!?」
「いや、違う、たまたま通りかかっただけ」
その男子はそそくさと立ち去ろうとする。
「えー」
「観空くん、だったっけ」
紅は既にクラスメイトの名前も覚えているらしい。
「あ、ああ。観空克磨だ」
ミソラカツマは居心地悪そうに答える。
「うーん、そんな人もいたような、、、」
「おーい、早く早くーう!」
美翠が呼ぶ。
「あ、もう行かないと!それじゃ!」
「またね!」
やっと解放された克磨は逃げるように歩き出した。
「、、、はぁ、未練がましいな、オレ」