第三十九話「倍速」
「克磨ー!そろそろ下校時刻だよー!」
真珠が更衣室の外から声をかける。
「あ、ああ!分かった!」
克磨は全てのノートを写真として記録するつもりだ。
だが、百冊を超えるノートの全ページを数分で写真に収める事は出来ない。
仕方無く克磨は作業を中断して帰る事にした。
「それで、何が書いてあったの?」
帰り道、真珠は克磨に尋ねた。
「まだ全部目を通した訳じゃないけど、打ち方のコツとか試合運びとか、色々書いてあったな」
「先輩が後輩に教えて、後輩はさらに後輩に教えていって。技術が脈々と受け継がれて蓄積されていくのが箱石流だってアイサ先輩が言ってたよ」
紅はアイサの発言を思い出した。
「それがあのノートって事か」
直接教える事が出来ない相手にも、ノート越しになら技術を伝承出来る。
あのノートには歴代の部員達の経験が詰まっているのだ。
「とりあえず帰ってから中身をじっくり読んでみるか。活かせそうな部分は練習にも取り入れる」
「という訳で、今日はノートにあった練習をやってみる」
克磨は六人を半分に分ける。
真珠、春呼、美翠のチームと、紅、女乃、アイサのチームになった。
「じゃあ真珠、そこの台に入って。奥の方」
見本役として真珠を選んだ。
「春呼さんはこっち、美翠さんはあっちに」
春呼は真珠から見て左側、美翠は右側に、ネットを挟んで向かい合った。
克磨は二人にボールの入ったカゴを渡す。
「二人で交互に球出しして、真珠は全部打ち返す」
「つまり、倍の速度で球出しするって事ね」
打つ側は休む暇無く返球しなければならなくなる。
「そう。しかも球出しする方はどこを狙っても良い。逆に、打つ方は左側にしか打っちゃいけない」
「そんなの捌き切れないんじゃない?」
美翠は危惧する。
ただでさえ倍速で打てという無謀な指示であったのに、さらに対応するコースまで考えていたら到底全球打ち返す事など出来ない。
「最初は難しいかもしれないけど、出来るようになったってノートには書いてあった。成功例があるなら、不可能じゃない」
「じゃあアタシは一回で成功させてやる!」
春呼が宣言する。
「はいっ!私も!」
真珠も続いて挙手した。
「じゃあ早速やってみてくれ。こっちはアイサさんから」
「分かった。紅は左、女乃は右ね」
「はい!」
まずは真珠が倍速打ちに挑戦する。
「行くよー」
美翠が軽く打った球が真珠のフォアに。
真珠はそれを難無くクロスに返す。
だが、既に春呼の球がミドルに来ている。
すぐにラケットを引き戻し、半歩下がってバックハンドで返した。
今度はバックに短め。
台の近くまで踏み込み、バックハンドで返した。
しかし、左側ではなく、中央に飛んでいってしまった。
「ああっ!?」
「真珠ちゃんでも無理かー」
「次アタシやる!交代してくれ!」
「いいや!もう一回やらせて下さい!」
競い合うように何度も挑戦する真珠と春呼。
しかし一度も最後までノーミスで打ち切る事は出来なかった。
「ぜぇ」
「はぁ」
「飛ばしすぎだよー。次わたしやるからねー」
美翠が台に入り、息を切らす真珠と春呼は球出しに回る。
「よっ、ほっ、はっ」
美翠は順調に球を捌いていく。
「美翠先輩すげー!」
「あと一球!」
回り込み、スマッシュで決める。
「よーし」
美翠は初回からこの倍速打ちを成功させた。
「どうどう?これが部長の貫禄ってやつだよ」
「すごいな。本当に一回で出来るなんて」
克磨は感心したように言った。
「スピード自慢の春呼さんが最初に出来ると思ったんだけど」
「、、、よし。もっかいやらせてくれ!」
克磨に乗せられて、春呼は奮起する。
「だぁ、はぁ、はぁ、、、やった」
一時間後、春呼は倍速打ちを完遂した。




