第二話「部員」
部活動見学、それは新入生が所属したい部活動を探すためにある。
だが、既に真珠は卓球部以外に入るという選択肢を持っていなかった。
「卓球部は格技場だね」
メインとなる体育館の他に、小さめの体育館がある。
それが格技場だ。
この高校に柔道部などがあれば共用になっていたのかもしれないが、現状卓球部が独占して使用しているらしい。
「体操服、ラケット、シューズ、とりあえずこれだけで良いかなー」
「そっか、マイラケットとかシューズとか持ってるんだ」
真珠はこれまでずっと卓球をやってきた。
既に道具は揃っている。
「別に今日は無くても良いと思うけどね。でもそのうち買う事になるかなー」
格技場に到着。
錆び付いた重い扉を開けると、それなりに広い空間に卓球台が三台並んでいた。
「誰もいないね」
紅はキョロキョロと見渡すがやはり誰の気配も感じなかった。
「うん。そもそも部員って何人いるのかな?」
「そんなに多くはなさそうだけど、、、」
部員が少ないと遭遇する可能性も低くなる。
珍獣を探すような感覚で二人は格技場に脚を踏み入れる。
「お二人さん、誰かお探しかなー?」
どこからか声がかかる。
パッと振り向くが、扉しか無い。
「こっちこっち」
声を辿ると、見つからなかった理由が分かった。
「上だ!」
「せいかーい」
真珠が上を仰ぎ見た。
格技場には高所の窓やカーテンを開け閉めするための細い通路がある。
いわゆるキャットウォークだ。
そのキャットウォークに腰掛け、脚をぶらぶら揺らしている者がいた。
「卓球部の見学?」
「、、、はい!」
真珠はまだ状況を掴み切れていないが、返事はしておいた。
「おーおー、今年も何とかゼロじゃなかったんだねー。今行くから、くつろいでおいてー」
流石にくつろぎはしないが、荷物は下ろした。
その間にキャットウォークから梯子で下りてきた。
「卓球部へようこそー!わたしは部長の日野美翠って者だよ」
ヒノミスイ。
全体的にダウナーな雰囲気を纏った三年生。
明るい緑色の目をしている。
真珠は美翠が部長を務めている事にまだ半信半疑だった。
「あ、七星紅です」
「白雲真珠です」
「よろしくー」
美翠は近くのドアを開け、中に案内した。
「ここが更衣室だよ。荷物は適当に入れておいてね」
美翠が着ているのは体操服ではなく白っぽい練習着だ。
一年生は体操服で体験を行う事になっているが、正式に入部すれば練習用のウェアを着て練習しても良い。
体操服に着替えた二人は更衣室を出る。
「よっ!」
さっきまでいなかったはずの部員がいた。
(えぇ、、、)
困惑する真珠。
「今日は見学だけか?せっかくだし一緒にやろ!」
その元気な先輩は黄金の目を輝かせる。
よく見ると近くにカバンがあり、その上に制服も脱ぎ捨ててあった。
更衣室を使わずに着替えたのか。
「あまりグイグイ行くと引かれますよー」
扉をガラガラと開けて別の部員が入ってきた。
「そうか?」
「全人類が春呼みたいに単純な性格してる訳じゃないですからね」
言いながら春呼と呼ばれた部員の隣に並ぶ。
「私は月本女乃。こっちは鳴神春呼。二年生です」
ツキモトメノ、ナルカミハルコ。
真珠は先輩の名前を頭に刻み込む。
「白雲真珠です」
「七星紅です」
「よろしく!」
「今日見学して楽しそうなら入部してもらえると嬉しいです」
女乃の優しげな茶色の目に真珠は安心感を覚えた。
「はいはーい、皆しゅうごーう!見学の一年生もしゅうごーう」
美翠が部員を集める。
「そろそろ始めようかー」
「あれ?アイサ先輩は?」
春呼が尋ねる。
「あー、生徒会で遅れるってさ。だから今はこれで全員」
つまり美翠、春呼、女乃、生徒会のもう一人が全部員。
たった四人で活動していた事になる。
「今日は部活動見学。他の部がどうかは知らないけど、うちは体験もしてもらおうかなって思ってるよ。せっかく来てもらったんだし、台も空いてるからねー」
「もう一年は来ないのか?」
「はい、私達だけらしいです」
生徒数が少ないのに部活動の種類は少なくないので、分散して一つの部活当たりの人数が減ってしまうのは仕方ない。
「そうですか。今年も男子は入らないみたいですね」
「こんなに美人揃いなのに勿体無いよねー。ま、見学期間はあと二日あるし、来ないとは限らないけど」
部活動見学は三日間行われる。
別の部活に行っても良いし、同じ部活に行っても良い。
「卓球って別に男子人気無い訳じゃないのにな」
「やっぱりサッカーやバスケットが人気なんですかね」
(卓球だって面白いのに、、、)
真珠は心の中で卓球の面白い点をいくつも思い浮かべる。
「それじゃー始めようか。準備体操からやるよー」
怪我防止のためにも準備体操は欠かせない。
十分に身体をほぐしたらやっと卓球を。
「次はランニング。もちろんお二人さんもね」
練習メニューをしっかりやらせるようだ。
「学校の外周をのんびり三周、全力で一周。一キロは無いと思うから頑張ろう」
しかし、走り出すと紅が絶望した。
「ぜ、全然のんびりじゃないっ!」
「ま、最初はもっとペース落としても良いよ。でもあんまり遅いと春呼ちゃんに追い越されちゃうぞー」
「は、はいっ!」
一周多く走った春呼が紅を追い越す。
「おらー!まだバテるなー!肝心の卓球出来なくなるぞー!」
「はぁ、はぁっ、、、あれ、真珠は?」
紅が、真珠が近くにいない事に遅れて気付く。
「はっ、はっ!はぁっ、、、。速すぎるよ、、、」
何故か後ろから真珠の声が聞こえた。
膝に手をついて息を切らしている。
「真珠、もしかして先輩について行ったの!?」
「うん、はぁ、でも、全然、スピードが違う」
真珠は運動神経に自信があり、脚も速かった。
だが春呼には完敗だった。
「さ、次は基礎練だね」
格技場に戻り、美翠が箱をドスリと床に置いた。
中にはボロボロのラケットがいくつも入っていた。
「はい、これ貸し出し用。ちょっとボロいけど使えない事は無いから大丈夫大丈夫」
ラバーの端は欠け、色はくすんでいる。
「あ、私は自分の持ってきてます」
「おー経験者か!強い?」
真珠はラケットを取り出しながら答えた。
「うーん、高校で通用するレベルなのか分からないです」
「それじゃーちょっと遊んでみようか。実力やセンスが分かる面白いゲームをしよう」
美翠が提案する。
「「ゲーム?」」
真珠と紅は声を揃える。
「そう。女乃ちゃん」
「はい」
女乃は格技場内の用具倉庫から何かを持ってきた。
「じゃあ三つくらい台に置こうか」
卓球台に置かれたのはプラスチックのカゴだ。
「これにボールを当てる。的当てみたいなものかな」
白いボールを女乃が投げると、台から離れた場所から春呼が打ち返した。
鋭い打球は一直線にカゴを打ち抜き、倒した。
「よし!」
「真珠ちゃん、やってみようか」
いきなりチャレンジさせられるらしい。
「はい!」
ラケットを握り、標的を見据える。
「行きますよー!ってあ」
女乃が投げたボールが変な方向に飛んでいってしまう。
「はあっ!」
ギュンッ!
一気に踏み込んでラケットを振る。
「おっ!」
バチィンッ!
カゴがボールに打ち抜かれて床に落ちた音だ。
「わーお」
紅は真珠の動きで空気が切り裂かれたかのように感じた。
「すごい、、、これが、真珠の実力」