第百三話「集合」
「明日は忙しいから、今日のうちにキレイにしてあげるね」
真珠は水槽の中で不器用に泳ぐ金魚に語りかける。
水槽の掃除は定期的に行っているが、次の掃除予定が地区大会の日と重なってしまっていたのだ。
「水草もちょっと伸びてるかも」
テキパキと慣れた動きで掃除を進めていく。
水を三割程度入れ替え、水槽や砂の汚れを取る。
水草も生き物なのでトリミングが必要だ。
ろ過フィルターが正常に作動しているのも確認する。
「誰が相手でも勝つからね。いっぱい練習してきたし新技もある。それに、先輩達も紅ちゃんも、克磨もいる。もはや負ける要素なんて無い!」
もちろん金魚に卓球は分からない。
それどころか人の言葉も理解出来ないだろう。
しかし真珠はそれを分かっていながら話しかける。
「ふぅ、キレイになった!」
水槽が掃除されて丸い金魚も嬉しそうに舞う。
真珠の心もスッキリと晴れやかになったような気がした。
「ガンバッテ下サイ!」
「うん、行ってくるね」
独特な日本語で激励するアイサの父。
二十年近く日本にいるはずだが、流暢に話す段階には至っていない。
第二言語の壁は高いようだ。
「大丈夫、大丈夫。心配しなくても、きっと勝てる」
考え過ぎてしまう自覚があるアイサは、よく自分で自分を落ち着かせる。
声に出す事により、言葉を客観的なものにしようとしているのかもしれない。
「気持ちで負けんじゃねぇぜ!ぶちかましていけ!」
「はいはーい」
美翠はあくびをしながら出ていく。
「ま、何とかなるでしょー」
「行ってきます」
女乃は部屋に残した二体の大きなぬいぐるみに言った。
当然ぬいぐるみは返事せず、動きもしない。
それでも、女乃はこのぬいぐるみ達と暮らしている。
「ふぁぁ、克磨くん、頑張ってねぇ。お休みぃ」
「朝弱いんだから無理して起きなくても良いのに」
「無理してでも応援したいんだよ、親なんだから」
父計治もいつもより早起きをした。
特に弁当を作る訳でも用意を手伝う訳でもないが。
(オレもオレに出来る事を頑張らないとな)
(早く着き過ぎちゃった)
紅は集合時間の三十分前に駅に到着してしまった。
(遅刻はしなかったけど、あと三十分どうしよう)
別にスマホをいじって時間を潰せば良いのだが、今から緊張している紅には何となくそれも出来なかった。
(何もしないよりは良いかな)
紅はカバンからラケットを取り出す。
流石にボールは使えないが、素振りならここでも出来る。
(いち、に、さん、し)
朝とは言え、人がいない訳ではない。
心を鍛えるためにも視線を気にしないようにして素振りを続ける。
「おはよう!早いね紅ちゃん!」
「あ、真珠。おはよう」
真珠も少し早めに到着した。
明日の遊園地を待ちきれない子供のようだ。
「意外と三着だー」
「結構集まってるね」
他のメンバーも続々とやって来た。
「あとは女乃か。いつもはもっと早く来てるんだけど」
「遅刻か?」
克磨は近くの道を覗いてみる。
「いっけなーい!遅刻遅刻ー!きゃっ!?」
「え」
かなりの速度で突っ込んできた少女と克磨が曲がり角で衝突しそうになる。
ぶつかった訳ではないが、急に止まろうとしたせいかその少女は尻もちをついてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「いったたぁ、、、。ごめんなさい!急いでて、、、」
少女が顔を上げた。
「何やってんだ」
髪をポニーテールにした女乃だった。
流石に克磨も冷ややかな目をせざるを得なかった。
「ちょっとした余興をと思ったんですよ」
女乃は残念そうな表情を浮かべ立ち上がる。
「さ、行きますよ」
「はぁ、、、」




