第一話「好スタート」
「行ってくるね」
丸々とした変なフォルムの金魚は水槽の中でヒレを踊らせている。
自室から出て階段を二階分下りると、そこは観賞魚店。
自宅の一階部分は観賞魚店、二階と三階部分は居住スペース。
「行ってきまーす!」
「真珠!タイヤの空気入れたー?」
「昨日入れたー!」
母の声を背中に受けながら家を飛び出す。
ヘルメットで潰れる髪を気にしながら自転車に乗り、すいすいと加速していく。
短めのスカートはハーフパンツを履いているので気にしなくて良い。
立ち漕ぎで坂を登る。
しばらく走ると、今日から通う高校が見えてきた。
「おおー!同じ制服の人がいっぱい!」
生徒数が少ない学校だとは聞いていたが、集まっていればそうは感じさせない。
駐輪場に誘導され、自転車を押しながら進む。
新入生用にスペースが確保されているらしい。
「新入生は案内に従って教室に向かって下さーい」
クラスは一つしかない。
全校生徒百人程度の小さな高校だ。
「えー、まずは入学おめでとう!」
黒板に大きく書かれた担任の名前。
熱血教師、というイメージが正解である事を裏付ける豪快な文字だ。
「これから体育館で入学式だ!名簿順で廊下に並んでくれ!」
一番後ろの席から立ち上がり、廊下に並ぶ。
ぞろぞろと歩いて体育館に向かうと、並べられた長椅子に着席した。
「皆さん、ご入学おめでとうございます。愛知県立箱石高等学校へようこそ」
校長が長々と話す。
入学初日から寝ている不届き者もいるようだ。
「さぁ、まずは自己紹介をしていこうか!」
教室に戻ると担任が言い出した。
「好きな食べ物は油揚げです。よろしくお願いします」
パチパチと拍手が捧げられながらクラスメイトは席に座り直す。
次は真珠の番。
「白雲真珠です!夢は卓球で世界一になる事!よろしくお願いします!」
「おお、、、」
何とも言えない空気が教室内に漂う。
「大胆な宣言だな!うちの学校の卓球部はそこそこ強いから是非入ってくれ!えー、じゃあ次行こうか」
モヤっとしたまま席に座る。
自己紹介タイムが終わり、連絡事項や校則についてなどの説明に移った。
高校生活一日目はこれで終了。
まだ仲の良いグループはほとんど出来ておらず、パラパラと教室から出ていくクラスメイト達。
「あの」
真珠に声がかかった。
右隣の席の女子だ。
「卓球部に入るの?」
「あ、うん」
「良かった、実は私も卓球部に入ろうと思ってて。他に入る人がいて安心した、、、」
赤い目が特徴のクラスメイト。
名前は。
「えーっと、何さんだっけ?」
「あ、七星紅だよ。そっちは白雲さんだっけ」
ナナホシコウはセミロングの黒髪を揺らしながら言う。
「うん、白雲真珠。真珠で良いよ、紅ちゃん」
「分かった。これからよろしくね、真珠」
シラクモシンジュという響きは意外と覚えやすい。
「紅ちゃんって歩きで来てる?」
「うん、駅の方から」
「じゃあ途中まで方向同じだね。一緒に帰ろうよ!」
初日に友人が出来た。
これは好スタートと言えるだろう。
「真珠はずっと卓球やってたの?」
「二歳くらいからやってたかなー。おもちゃみたいなのだけどね」
真珠は自転車を押しながら紅と話す。
「え、そんな小さい時から!?英才教育だね」
「お母さんが昔卓球やってたから。あんまり強くなかったらしいけど」
話題は紅の方に移る。
「紅ちゃんは?中学とかで卓球やってた?」
紅は首を横に振る。
「ううん、中学校の時は美術部。卓球は面白そうだからやってみたかったけど卓球部が無かったんだよね」
つまり、卓球経験は無し。
「ここの卓球部、強いって言ってたけど私みたいな初心者でも大丈夫かなぁ?」
心配そうな紅に向かって真珠は胸を張って言う。
「大丈夫だよ!もしついていけなくても私が鍛えてあげる!」
「真珠、、、ありがとう!」
そうこうしている内に、分かれ道に到着した。
駅への道は前に、真珠の帰り道は右に続いている。
「じゃあ、また明日ね!」
「うん、また明日」
真珠は自転車に乗って帰路を急ぐ。
急いで帰っても明日が早くやって来る訳では無いのに。
「明日から部活動見学!楽しみ!」