裏切り-5
五
結婚式の一週間前に、スウェーデンに住む姉からLINEが来た。『結婚式の二日前に、家族で日本に行くわ。光将が家に泊めてくれるって言ってるから、結婚式が終わるまではそうして、その後は旅行して帰るわ。』
それで、丁度仕事の昼休みだったので、私は色葉さんに電話を入れた。ストレスにならないかと思ったからだった。あまりに私を含めて負担をかけ過ぎだから、よかったらうちに泊めるよって話をしようとしたからだ。すると色葉さんは、灯真君と従兄姉達と交流させたいから、気にしなくていいよと言われて、しかも結婚式の前日に一華ちゃんも泊まってと言われた。行きたいとは思うけど、哲志に相談してからまた返事すると言っておいた。
哲志はあれからは真っ直ぐ家に帰ってきてくれているから、一緒に結婚ということに向き合って考え生活をしていた。だから一人で勝手には決められない。
私達の結婚式は実は十一月最初の平日の月曜にすることにしている。家族だけだし、式場も貸切状態になるからゆっくりできていいと考えたからだった。後スウェーデンの学校の休みにも重なるから来てもらうにも丁度よかった。
哲志にさっき話した色葉さんとの電話の内容を、哲志にLINEをすると、しばらくして哲志も昼休みのようで、返事が帰ってきた。
『行ってきたらいいんじゃないかなぁ。家族と過ごすことって、これからどれくらいあるかわからないし。僕のことは気にせず、行っておいで。』
『哲志はその日どうするの?』
『用事あって外出するから、帰りに外食して帰るわ。』
それで、また帰ってから色々決めようと返しておいた。
仕事は結婚式とその日から三日程は有給をとっている。哲志も同じだ。なので結婚式の後はのんびりとしようと言っていた。ただ何処に行くとかは何も決めていないし、普段通りの生活をただするだけだ。
新婚旅行は姉のいるスウェーデンへ二月に行くことにしていたので、それまで少しでもお金を貯めたかった。まぁ、この前まで哲志が飲み会でお金を使い過ぎていたのもあるし、もう彼を責めてはいないけれど、旅行に行くのに使えるお金があることに越したことはないので、それまで目標金額を決めて貯めることにしたのだ。
夕方早めに仕事を終えて、哲志にスーパーでの買い物のLINEをすると、駅で待っているとのことだったので帰りを急いだ。
駅の改札を出たところで哲志と合流し、帰り道にあるスーパーに立ち寄った。二人で今日は鍋にしよっかって話になったので、固形の鍋の素と野菜や肉をチョイスしていった。スーパーは割と人が多くいて、この時間だと惣菜とかは割引シールが貼られているものもある。今日食べるという時は、私達も割引したものを手にしたりしているけれど、今日は鍋なのであと買うのは食後のデザートくらいだった。
一緒に生活をし始めて、お互いにエコバッグを持参しているので、会計を済ませてからはそれに入れていった。
帰り道荷物は哲志が持ってくれた。少し重くなったので助かるなぁと思っていた。自宅に着いて鍵を開け中に入ると、まず私は部屋着に着替えて部屋干しの洗濯物を畳んだ後、鍋の用意をした。哲志は着替えてお風呂を洗ってくれて湯張りボタンを押していた。その後は私が畳んだ洗濯物を哲志が箪笥の引出しにいれ、それが終わった頃に鍋の準備が整い具材に火を通していった。煮えるまで少し時間がかかるけれど、その間に私は哲志と火の番を交代して、洗面所に行き化粧を落とした。化粧を落とすと解放された気持ちに毎回なるのだけれど、これは武士が兜や鎧を脱ぐ感じだろうかと考えたりする。仕事をするのにそんな重い物を背負っているわけではないけれど、兜や鎧が現代の化粧やスーツや作業着と考えるとそうなのかもしれない。
しばらくすると哲志から鍋が煮えてきたと声がかかったので、ダイニングに行ってようやく椅子に座って鍋をつついた。そして昼間LINEで話をしたことをまた言ってみたのだけれど、答えは変わらなかったので結婚式当日の話を少しした。
『結婚式当日だけど、お互いに早めに出ないといけないけど大丈夫?七時にはここを出てね。』
『うん、目覚ましも前日朝に携帯設定しとくよ。』
『起きれる?』
『そうだなぁ。今日から大音量で掛けて起きれるようにするよ。』
『うん。私は皆んなが居てくれるから、あとご両親とお兄さんには時間確認しといてね。』
『うん、今日連絡って、この時間かぁ。まぁ兄貴に連絡してみるわ。』そうして、食事の後哲志が電話をしている間に、私は食事の後片付けをし、その後別々にお風呂に入り布団に入った。
それから数日後、姉一家が日本にやってきた。夕方の便で関西国際空港に到着するということで、兄と私がそれぞれ車で迎えに行くことになっていた。そうでないと五人分の荷物があるので、兄の車だけでは人が乗れなくなってしまうのだ。哲志は家にいて、気をつけてと私を送り出した。
空港に到着し、兄と連絡を取り合って到着ロビーで姉一家を待っていると、疲れた足取りで荷物を抱えて出てきた。
(いらっしゃい。来てくれてありがとう。)そう英語で話かけると、姉の旦那さんAlfさんが『一華、おめでとう。招待してくれてありがとう。』と日本語で返してきた。そうだった、Alfさんも子供達も日本語を少し話せるんだった。そして姉や子供達とも挨拶を終えると、男性陣は兄の車に、姉とMartinaちゃんは私の車にそれぞれ乗り込み、兄の家に向かって車を走らせた。
車の中で姉達は疲れているのか眠っていたので、私は静かに運転に集中していた。兄の家に到着する直前に姉は目が覚めたようだったので、『もうすぐ着くよ。』と言うと、『ごめんね、一人で運転させちゃって。起きとかなきゃ行けないのに。』そう言われたけれど、私は遠いところから遥々私の為に来てくれてるんだし、気にしなくていいよと返事した。
兄の家に到着すると、順に荷物を下ろして中に入っていった。色葉さんは既に食事の準備を終えていて、お腹空いたでしょうと皆んなに声をかけていた。灯真くんはどうしていいのかわからないといった様子で、ママの後ろに隠れていた。私が灯真くんと声をかけると、私のところにきたので、灯真くんに従兄姉達を引き合わせ、彼等も灯真くんの目線に合わせて屈み、手を取り合って挨拶をしていた。その後は子供同士話をしたり、向葵ちゃんの周りに集まったりしてた。
(なんて可愛いんだ。)そんな声が聞こえてきた。
『この子達か生まれた時のこと思いだすわ。』そう姉がそれに反応するように言っていた。それで思い出したと言わんばかりに荷物をごそごそ開き、その中から二つの包みを色葉さんと灯真くんに渡していた。灯真くんはどうしていいのかわからず固まってたけど、従兄のSamuelくんが『開けてごらん。』そう言うと、ママの顔を見て笑顔で頷くのを確認すると、包み紙をSamuelくんに手伝ってもらいながら開けていた。スウェーデンの絵本やおもちゃ等のプレゼントに灯真くんは満面の笑を浮かべていた。色葉さんに渡したのは向葵ちゃんへのプレゼントらしかった。
少し和やかに話をしていたけれど、そろそろ晩御飯の時間なので、私はまた明日来るねと言ってその場を離れようとすると、色葉さんが一華ちゃんと私を呼び止めた。そして、『これ少しだけど帰っておかずの足しにして、一華ちゃんも疲れたでしょ。』そう言って、おかずが幾つか入ったタッパーを渡してくれた。私はお礼を言ってそれを受け取り車に乗り込み、兄の家を後にした。
家に帰ると哲志はまだ食事を作っていなかったので、頂いたおかずを頂くことにした。ご飯は冷凍保存しておいた物を電子レンジで温めて器に盛った。
『お姉さん達は、どんな様子だった?』そう言われたので、車では疲れているのか眠っていたけれど、兄の家に到着すると灯真くんと向葵ちゃんと賑やかに話てたと答えた。今日も泊まってくればよかったのにと言っていたけれど、互いに当日持って行く物の最終確認をしなければいけないし、婚姻届はあと保証人の欄を当日彼の父と私の兄にお願いしているので、その届出用紙を私が預かって持って行くことにしていた。
『ねぇ、いよいよだね。』
『そうだなぁ。』
『無事終わるといいなぁ。』
『これ以上何も起こらないよ。』
『そうだといいけど。』そう言って二人で笑いあった。
色々あったけど、やっと互いに結婚という形に落ち着いてきていたので、そんなことを言い合えたのかも知れない。
それから二人で過ごす独身最後の夜を、哲志がレンタルしてきていたDVDをソファに並んで座って見ながらコーヒーを飲み、ゆったりとした気持ちで過ごした。
翌日は昼くらいに兄の家に行くので、その時に哲志も電車で出かけると言うことなので、一緒に駅前の和菓子屋で幾つかお饅頭を買った後、電車に乗り込み先に私は電車を降りた。
ホームで哲志と別れて兄の家まではゆっくり歩いて行った。すると前からSamuelくんと灯真くんが手を繋いでこちらに向かって来ていたので、声をかけるとスーパーに頼まれた物を買いに行くらしかったので、私は彼らに同行することにした。
灯真くんは凄くSamuelくんに懐いていて、Samuelくんも面倒見がいいのか、互いに目を見て笑いあってる姿を微笑ましく見ていた。
『一華ちゃん、これ叔母さんがかってきてって言ってたんだけど、どこにある?』そう色葉さんが書いたメモを私に見せてきた。メモにはソース二本、マヨネーズ二本、鰹節、卵2パック、と書いていた。そのメモを見て、今日はお好み焼きか焼きそばかなぁと考えてると、『きょう、たこやきとおこのみやきだよ。』そう灯真くんが教えてくれた。それで、メモに書かれた物をカートに乗せた買い物籠に入れ、私の荷物を二人に預けて私が会計をした。灯真くんは一緒に並んでお会計するって言ってたけれど、あまりにもレジが混んでいたので、安全の為にそうすることにした。
お会計を済ませて持参している買物袋に入れると、Samuelくんが『持つよ。』と言って片手に買い物袋を持ち、もう片方は灯真くんとしっかり手を繋いで歩き出した。その姿を見て頼もしくなったなぁと感心していた。
兄の家に到着すると、色葉さんが玄関で迎えてくれた。『いちかちゃんとあって、いっしょにかいものしたんだよ。』そう灯真くんが言うと、『あぁ、それでエコバッグなのね。もしかして支払いって。』そう色葉さんが言ったので気にしなくていいよと返事しておいた。
中に入り手洗いうがいをしてリビングに行き、手土産を渡してから両親の仏壇に手を合わせに行った。するとそこには姉とStefanくんがいた。何かは分からないけれどいい合いをしていて、私はそんな中入って行くのは気がひけたけれど、『こんにちは。』と声をそうっと伺う感じに言って部屋に入っていくと、後ろからSamuelくんがスウェーデン語で「まだやってんの?いい加減にしなよ。ママももういいでしょ。日本まできて何やってんの。お祝いにきてるんでしょ。喧嘩もうやめなよ。」私は横で聞いてて何を言っているのかはわからなかったけど、仲裁に入ってるんだなぁということだけは何となくわかっていた。
『ああ、一華。来たんだね。』
『取り敢えず、仏壇に手を合わせていい?』
『あっ、ごめん。どうぞ。』そして私は手を合わせた。その間SamuelくんがStefamくんに寄り添い、話を聞いて宥めているようだった。
その後姉と私はリビングに行き、何かあったのかと言い争いのことを聞いて姉を宥めた後、今度は私が結婚までに至るまでのこと、それとここひと月の出来事を話していた。姉は結婚したら細かいことなんて気にしてられないんだから、互いに窮屈にならないようにしないとしんどくなるよと言っていた。ただ普段から色葉さんに負担をかけてることには叱られてしまった。そう言う姉もこちらに泊まっているので、申し訳ない気持ちはあると言っていたけれど、色葉さんは『お気持ちは嬉しいけれど、子供達が楽しそうにしているし、灯真くんはお兄ちゃん達に遊んでもらって嬉しそうだし、こちらはその分楽ができるからいいですよ。これからも是非来てください。』と言ってくれて、色葉さんの懐の深さに感嘆した。
夕方になり、色葉さんを中心に姉と私で晩御飯の準備を始めた。キャベツを2つと、玉ねぎを1つ半細かく刻み、長芋の半分くらいのサイズかなぁそれを摺り下ろし、大量の卵にお好み焼き粉、鰹節、紅生姜、あとたこ焼きの材料を細かくカットしてたこ焼きの種も準備し、フライパン2つとホットプレートでお好み焼きを作りながら、たこ焼き器で子供達にたこ焼きを焼かせていた。姉の子供達は小さい頃から日本に来た時には必ずといい程食べ慣れた味で、たこ焼きの焼き方は姉が教えたそうだ。alfさんは向葵ちゃんを抱いてあやしていた。
私達の食事が済んでしばらくすると、兄が仕事から帰ってきた。先にお風呂に入ってから食事をするらしく、その間に兄の食事の準備をした。
風呂からあがり食卓につくと、食事をしながら周りを見渡し賑やかだなぁと話をしつつ、一口ずつお好み焼きを口に運んでいた。それでその食事も終わり頃に、色葉さんのお父様から電話があったようで、またスーツに着替えてちょっと出かけてくると言って出て行った。
『弁護士は忙しいねぇ。』そう姉が言うと、色葉さんも『父が呼び出すって、余程のことだったんだと思います。すみません。』
『あぁ、責めてる訳じゃないから、ただ単に忙しそうだなぁと思っただけだから。謝ることじゃないよ色葉さん。』そう姉が返していた。
今日は姉一家は銭湯に行くらしく、私は兄の家でゆっくりとお風呂に入らせてもらった。これだけの人数が入るには凄く時間もかかるのでどうするんだろうと思っていたけれど、後から聞くと姉達は日本で兄の家に泊まる時はそうしているようだった。
十時を過ぎても兄は帰ってこないようだったので、私は明日のこともあるので、早めに寝させてもらうことにした。ただ今日は私は二階の灯真くんの部屋を使わせてもらうことになった。
『灯真くん、お部屋にお泊りさせてね。』
『うん。』そう灯真くんは返事をしてくれた。灯真くんはいつも寝る時は兄や色葉さん向葵ちゃんと寝るので、この部屋は寝る時は空いているようだ。
私は明日起きる時間に目覚ましをかけ、明日の準備を済ませてから、哲志に明日遅れないようにねとLINEを入れてから、布団に入り眠りについた。
翌朝は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。意識していたからだろうか、目覚めてしばらくは『あぁ、今日結婚するんだなぁ。』と何故か他人事のように思っていた。
目覚ましが鳴ったので布団から起き出し、身支度を整えてから布団を畳み端に寄せ、灯真くんの部屋を出て一階に降り、洗面所で顔を洗い化粧水等をしてからダイニングに行った。すると、色葉さんと姉も起きていて既に朝食が用意されていた。
『おはよう。早くに起きてくれたの?』そう私が二人に声を掛けると、『おはよう一華ちゃん、簡単であっても朝御飯食べてほしくてね。それで起きて来たら、お姉さんもそう思ったらしくて二人で作ったのよ。』そう色葉さんが言っていた。『結婚式始まったら中々衣装着て食べることできへんしね。一華にお腹空かないようにと思って普通に御飯とお味噌汁と卵焼きとサラダね。それくらいだけど、腹持ちはいいと思う。』姉もそう言ってくれて、その想いで心が温かくなった。
朝御飯を噛み締めながら、先に三人で頂いた。私がそうお願いしたのだ。子供達が起きて来たら中々食べる暇もないんじゃないかと思ったし、この姉と義姉との時間をどうしても持ちたかったのだ。食事の間は今日の結婚式の段取りとかを話をしていたのだけど、その時に兄があれからまだ帰っていないことを知ったのだった。
『一華ちゃん、大丈夫。連絡は来てるから。直接行くから衣装持って来てくれって言われてるのよ。』そう色葉さんは言っていた。私は結婚式の日まで大変だなぁとこのときは呑気に考えていた。
食事も終わり出かける準備をしてから、玄関に向かうと次々に子供達も起き出して、『一華ちゃん、おはよう。また後でね。』とそれぞれ声をかけてくれた。そして私は家を出ると、色葉さんが姉に一声掛けてから私を駅まで送ってくれた。式場の最寄りの駅までは電車を使いそこからタクシーに乗り込んだ。
式場に着くと私はプランナーさんに案内をされて衣装部屋に行きヘアメイクをしてもらい衣装を身につけた。途中、新郎さんがまだ到着していないとのことで、今朝連絡をそういえばしていないなぁと思ってラインを開くと、昨日のラインにも気づいていないようだった。
『何をしてんのよ。もう。』そう私はため息をつきながら哲志に電話をしたが、何度かの呼び出しの後留守番電話になってしまう。私はイライラしながらも何度かかけていたけど繋がらなかった。
しばらくすると姉達が来て、私の衣装を見て『綺麗だねぇ。』そう口々に言われながら写真を撮りあっていた。それでその時に、姉に『哲志がまだ来てないみたいなの。』そう言うと、驚いたように新郎の控室に行き、哲志のご両親を呼んできてくれた。
『一華さん、まぁ綺麗だわぁ。あっ、それより哲志が来てないって、一緒じゃなかったの?』そう哲志のお母さんが言ってきた。それで私は前日は別行動をしていて、哲志は今日一人家から来ることになっていて、私は兄の家に泊まっていたことを告げた。
『一華さん、そうしたらわしが家の鍵をお借りして言ってみてくるよ。』そう哲志のお父さんが言った時だった。
『遅くなりました。』そう兄が入ってきて、衝撃の一言を放ったのだ。
『今日の結婚式は中止です。哲志くんは結婚式を挙げられる状態ではありません。』
『お兄ちゃん、どう言うこと?』
『彼はね、女のところにいるんだよ。わかるね、一華。』
『まさか、律子?』
『そのまさかだ。』そして私は頭が冷える感覚があり、哲志への気持ちも綺麗さっぱりなくなり、ただただその場を立ち、私服に着替えに行った。彼のご両親が何か言っていたようだったが、全く耳に入ってこなかった。私の中から感情というものが一切消えてしまっていた。