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1.雇い主はヴァンパイアさん。

お立ち寄りいただき、ありがとうございます!

「知ってる? …俺、ヴァンパイア」


 言葉を理解することができずにいた友愛に、男性がさらに言う。


(ヴァンパイアなんて、この世の中に…)


「昔、この辺で事件起こしたことあるんだけど…わかる?」


「……へ?」



 そう。その事件こそが……例の、“ドラキュラ事件”。

例の、なんて言われても…友愛はさっき、老人に聞いたばかりの話だが。


「じゃ、じゃあ…あなたはその時のど…ど、ドラキュラ…?」


 思わず、声が裏返る。

友愛の前にいるのは紛れも無く、殺人鬼…ということになる。友愛はとんでもないところに来てしまった…と思いつつも、身動きが取れず逃げることができない。


「…ん。そうとも言うな…。俗世間では吸血鬼とも言うらしい」


 自称ヴァンパイアが言う。


「なんでここのバイトを知ったのか知らないが…、とにかく、お前にだけには伝えた方がいいと思ってな」


「私だけに…?」


 友愛はその言葉に疑問を持った。…一体どういうことだろう。でも何故か、友愛はこのヴァンパイアに対して、そこまで恐怖心が芽生えなかった。一体何故だろう…?


 自称ヴァンパイアは、ハッとして口を紡ぐ。


「それは後で話すか」


 ふと、話を逸らされる。


(後で話す、って…めちゃくちゃ気になるんですけど…)


「まずは、雇い主である俺の名前を教えなきゃだよな」


 自称ヴァンパイアはそう言うと、ドアから手を離す。


「俺は、圭吾」



 雇い主であるヴァンパイア──圭吾。

ヴァンパイアらしくない、普通な名前だった。



「今、ヴァンパイアらしくない名前だなって思っただろ」


「え゛!? そ、そんなっ」


 友愛は急いで手を振って否定する。

だけれど、顔には出ていたらしく、圭吾には見抜かれていた。それを見て、圭吾はムスっとする。


(それはたしかに…合わないけど…)


「じゃあ、お前の名前を教えろよ」


 圭吾がじっと友愛を見ている。その顔はやっぱり、不機嫌そうだった。


「友愛…です」


「ゆうあ…? あんまり聞かない名前だな」


 人間とそこまで関わりを持ってないからか…と呟きながら、圭吾は顎に手を当てる。その様子は、何かを考えているようだった。

友愛は、自分の名前を結構気に入っているだけあって、その反応が気になっていた。


「ふーん。友愛、友愛…」


 ブツブツと友愛の名前を繰り返して呟く圭吾。



「……可愛い名前だな」



「へ? 何か言いました…?」


 その次のつぶやきは、あまりにも小さすぎて友愛には聞き取れなかった。


「なんでもねぇよ」


 圭吾は楽しそうに、でもどこかつまらなそうに言った。友愛は特に、それに関しては気にとめなかった。





 それはともかく、ここでバイトをすることになった友愛。まだ、信じられないけど、殺人鬼かもしれないヴァンパイアと今、同じ空間にいる…。


「そういえば、指…怪我してるのか?」


 圭吾が指をさす。友愛の左手の人差し指は、可愛らしい絆創膏が巻かれていた。友愛は左手を見る。


「あっ、そんなひどい怪我じゃないんです。今日学校の授業のお裁縫で…」


 友愛は答える。美香と話しながら裁縫をしていた友愛はうっかり、針でチクリと刺してしまったのだ。すこし出血したものの、美香がくれた可愛いキャラクターものの絆創膏をすぐに貼ったため、今はもう止まっている。

圭吾はふーん…とだけ言い、少し考えている様子だった。


「…そうか。じゃあ早速だけど……あ」


 そう言いかけて固まる圭吾。


「いや、後でもいいか」


 圭吾の一言で、友愛は首を傾げる。その様子を見た圭吾は顔をポリポリ搔く。


「まぁ…いつかは教えないといけねぇことだしな…」


 そう言うと、友愛の手を引いた。


「立ちっぱより、座って話す方がいい」


「ちょっ…」


 いきなり手を引かれ、友愛は驚きと戸惑いを隠せなかった。しかし、圭吾は友愛のことを気にせず、奥の部屋へ進んでいく。


(ど、どこに行くんだろう…)


 大きな階段横の小さなドア。そのドアへと導かれた。開かれた、そのドアの先は───



「だ、ダイニングキッチン…?」


 大きなキッチンと、テーブルがそこにはあった。そして、食器が綺麗に並んだ…大きな食器棚も。


「ああ。普段は使わなくてな…」


 料理はしないから、と続ける圭吾。こんなに立派な場所があるのに勿体ない…と友愛は思う。掃除が行き届いているのか、比較的綺麗だった。


「…腹減ったから、なんか作ってくれねぇか?」


「は、はいっ…?」


 圭吾の突然の言葉に、友愛は戸惑う。大事な話をするはずでは…と心の中で思いつつ、圭吾の顔を見た。


「食べた後、ちゃんと話すから」


 友愛の気持ちを察したか、圭吾はそう言った。先程、料理はしないと言っていた圭吾だが、材料なんてあるのだろうか?


「つ、作るって…何を作れば…?」


「材料なんてそこらにある。自由に使ってくれ」


 圭吾はドカッと豪快に椅子に座った。


「まあ、適当に頼む」


 圭吾はくつろぎながら言う。友愛はその様子を見て、ハッとした。もしかしたら…?と思う。


「圭吾…さん。バイトって…始まってます?」


「当たり前だろ」


 即答され、呆然と立ち尽くす友愛。しかし、なんとか気持ちを立て直し、急いで冷蔵庫を開ける。


 冷蔵庫の中は、いろんな種類のトマトジュースでいっぱいだった。


「トマトジュースがたくさん…」


 友愛は冷蔵庫の中のトマトジュースを数える。ざっと30缶はありそうだった。


「あー…、それは朝昼晩、毎日飲んでるんだよね」


 圭吾が指をさして言う。味に飽きやすいから、朝昼晩で種類を変えて飲んでいると圭吾は続ける。


「健康志向なんですね」


「………まあな」


 友愛の言葉に、圭吾は曖昧な返事をする。

冷蔵庫にはトマトジュースしかないので、友愛は冷蔵庫の横にあった段ボールを開けてみた。そこには、野菜がぎっしり入っている。


「野菜だらけ…ですね」


「ああ…。農業関係の人から、よくおすそ分けしてもらってる。それは昨日貰ったばっかり。しかも傷みにくいのを選んでくれてるんだ」


 こっちは欲しいとかなんとも言ってないのにな、と圭吾は続ける。農業関係と接点があるなんて、なんとも不思議だ。


(圭吾さんは、一体何者なんだろう…)


 そんなことも気にしつつ、友愛はお手頃サイズの野菜を手に取る。自分の頭の中で、野菜をたくさん使う料理を必死に考えた。


 ちらり、と圭吾の様子を伺ってみる。圭吾はうたた寝をしていた。


 友愛はふぅ…と一息つくと、そんな圭吾をよそに、準備を進める。友愛は一般的な家庭でよく作られる野菜炒めを作ることにした。


「腹減った……」


 うたた寝をしながら、圭吾は言う。

どんだけ腹減ってるんだか…と友愛は思ったが、改めて料理に集中をする。


 このキッチンには調味料も豊富にあったため、味付けは案外楽に出来た。もちろん、ちゃんと賞味期限内のものを使用して。


「圭吾さーん」


 出来上がった山盛りの野菜炒めを運びながら、圭吾を起こす友愛。何度呼んでも、圭吾からの返答はなかった。


「圭吾さん、できましたよ」


 近くに寄り、友愛が声をかける。圭吾の肩がピクリと動く。


「あぁ……」


 やっと圭吾は頭を上げた。その顔はすごく眠そうだった。


「で、何作ったの…?」


 圭吾は目を擦る。友愛は圭吾の前に、山盛りの野菜炒めを置いた。


「野菜炒めです」


 野菜がたくさんあったので、と続ける友愛。圭吾は側にあった箸入れから、箸を取り出すと、パクリ、と一口食べた。


「ん。うまい」


 そう言ってむしゃむしゃ食べる圭吾。そんなにお腹がすいていたんだ…、と改めて友愛は思った。


「圭吾さんって…、普段何を食べているんですか?」


 異常なほどお腹をすかせた圭吾が気になって、友愛は尋ねてみた。圭吾はちらりと友愛に視線を向ける。


「ん? ああ…俺ね」


 すぐに視線を前に戻し、圭吾は喋りながら野菜炒めを頬張る。


「普段、飯食わねぇの。たまには食べるけどさ」


「ええっ」


 普段ご飯を食べない発言に、友愛は驚いた。

もしもこんなところで倒れていたりしたら、誰も気が付かないであろう。


「ち、ちゃんと食べてくださいっ」


「これからは食うよ」


 友愛の言葉に、圭吾はそう答えた。



「友愛が作ってくれるから」



 突然、友愛の名前が出され、友愛はビックリした。

それとなしか…ドキッとした感情もあった。


「え? 作ってくれねぇの?」


 友愛の返事が返って来なかったのが不満だったか、圭吾が言った。友愛はハッとして、急いで首を横に振る。


「つ、作ります!」


 友愛の言葉に、圭吾は満足したようだった。そして再び、野菜炒めを頬張った。


「それにしても…」


 圭吾は突然、箸を止める。


「野菜だけで飽きたな」


 さすがに野菜炒めだけじゃ飽きるかぁ…と友愛は反省し、すみません…と小声で謝る。でも、圭吾は友愛の作った野菜炒めをちゃんと全部食べてくれた。


「あー、食った食った」


 椅子に寄り掛かり、そう言う圭吾。友愛はお皿を下げて、食器洗いをする。数分して、食器洗いも終わった。


 ふと、友愛はダイニングキッチンを見渡す。食器棚には綺麗に、高そうな食器が並んでいる。


(わ…、このティーカップ素敵…)


 アンティーク調のティーカップが食器棚にしまってあった。実は友愛はアンティーク物が好きで、いつかこういうもので紅茶を飲んでみたいと思っていたこともある。


 ティーカップを取り出すことなくじっくり眺め、紅茶を飲む様子を想像し、満足した友愛。友愛の仕事は一先ず終わった…かと思ったが。


「友愛ー、ちょっと頼む」


 突然、圭吾に呼ばれ、友愛は急いで圭吾のもとに小走りで向かう。


「な、なんですかー?」


「今度…この家でパーティーやることになってるから、掃除頼みたいんだけど」


 圭吾が友愛に頼みたかったのは、掃除だった。


「まあ、客は二人だけなんだけどな。綺麗にしておかないとうるさくて」


「え、と…どこの掃除を…?」


 この家に誰かが招かれるんだ、と心の中で思った友愛。圭吾は、椅子から立ち上がり、ぐーっと背伸びをした。


「…掃除してほしい部屋に、案内する。ただし、一つじゃないからな」


 圭吾にそう言われ、友愛はただ頷いて圭吾についていった。


 友愛はこの時、すでに…


 圭吾が話そうとしていたことがあったということを、すっかり忘れていた────

読んでくださり、ありがとうございました。不定期になりますが、これからも投稿を続けていきます!

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