プロローグ
今まで投稿した分+αをプロローグに変更しました。改めて読んでいただけたら幸いです!
高校一年の春。外はそよそよと風が吹いている。
一人暮らしを決意した高校生、橋本 友愛がアパートで登校の準備をしていた。自慢のストレートの髪をクシでとかす。
少しずつ、高校生活にも慣れてきた友愛。
しかし親元を離れただけあって、友愛は金欠に悩まされていた。
これからどうしようかなぁ…と、友愛は思う。今まで貯めたお金と、親からの多少の仕送りはあるものの、このままでは底を尽きるのは目に見えていた。
「…さて、そろそろ出なきゃ」
友愛はブレザーを羽織り、スクールバッグを手に取る。玄関に向かうと、ポストに紙が入っているのに気がついた。
「こんな紙、昨日帰ってきた時に入ってたっけ…?」
ポストから紙を引き抜いて、見てみる。それはアルバイト募集の紙だった。
「バイト募集…」
思わず、声が出る。ちょうどバイトを始めようと思っていた友愛はすぐに目を通す。募集の紙には大きく『女性限定』と書かれていた。
「エッ…」
そのバイトの内容は───雇い主のお手伝い。
「嘘…こんなに?」
時給は、1500円。友愛はそんな怪しげな募集の紙に一気に引き付けられる。
そして時間が迫っていることに気づいた友愛は、その紙をスクールバッグに詰め込み、急いで家を出た。
「ゆーあ! おはよ!」
元気に挨拶をされる。
教室でボケェッとしている友愛のもとに走って寄ってきたのは、親友の滝沢 美香だった。
美香は、ボブヘアをきちっと決めている、それほど背の高くない男女問わず人気な女子高生。
「美香、おはよう」
友愛は美香に挨拶を返す。
美香とは、小学生の頃からの親友で、同じ高校に通うために一緒に勉強を頑張ったのだった。
「ゆーあ、バイトしたいって言ってたけど、いいのあった?」
美香にそう聞かれる。友愛は鞄から一枚の紙を取り出した。
「これなんだけど……」
美香は友愛が差し出した紙を受け取る。
どれどれ…と、美香が眺める。
「……何これ」
美香の第一声を聞いて、友愛はやばいと思った。
美香の声が、一気に低くなったような…。
「こんなの怪し過ぎるから! やめた方がいいって!」
反対の声が、教室内に響く。
周りの生徒が何事かと、友愛たちを見ていた。
「だ、だって…」
「だってじゃなーい! ゆーあ、どうせ時給につられたんでしょ」
弁解しようと思ったが、友愛はギクッとした。
(美香…昔から、勘だけは鋭いんだよね…)
美香はやっぱり図星か、と言う顔をして友愛の前の席に座る。
「時給はよくても、女性限定とか怪し過ぎるから。しかも、時間書いてないし。シフト制なのかなんなのかも分かんないじゃん」
「あー…ホントだ」
美香に紙を見せ付けられる。
友愛は時給に気を取られていて、全然気がついていなかった。
「とにかく、やめときなって」
ふーっ、とため息をつく美香。かなり呆れている様子だった。
「えーっ…。行くだけ、ちょっと、行ってみるだけだからぁ」
友愛は美香に手を合わせてお願いする。
その光景ははまるで、子が親にお願いをするみたいだった。
美香はうーん、と悩む。
「んー…。そこまで言うんだったらしょうがない」
美香はしぶしぶ了承した。
とりあえず、美香のお許しが出てよかったと友愛は思った。
「ただ、何かあったら、すぐうちのところ来なよ。ゆーあ、溜め込むタイプだし」
「うん、わかった。美香、ありがとね」
友愛はにっこり、美香に笑顔を向ける。良い友達を持ったなぁと、つくづく思うのであった。
「おーす、授業を始めるぞー」
友愛のクラスの担任、芳賀 大輝が教室に入ってきて言った。今日も、いつも通り授業が始まる。
午後3時30分。授業を終え、放課後──。
友愛は1人、林道を歩いていた。
「なんか人通りの少ない道に出てきちゃったなぁ…」
バイト先の下見に行ってみようと思った友愛は、住所とかのメモの紙を見ながら、歩いていた。
今いる道は、とても薄暗い。街灯もチラホラしかない。
「こんなところに家なんてあるのかな…」
友愛は少し、やる気がなくなってきていた。その理由は、学校からなら近い方ではあるものの…、アパートからの距離がある。友愛は自転車を所持していなかった。持っていたとしても、この林道は舗装されていない道のため、自転車だと進みにくい。
それでも友愛は、林の奥へ足を進めていく。ザッザッ、と歩く音だけが聞こえる。
「お嬢さん、どこに行くのかね?」
突然、前から歩いてきた老人にそう、聞かれた。帽子を被った、すらっとした体型の老人だった。怖がりながら歩いていた友愛は、ビクッ、としてしまった。
「え、あ…と。この先に用があって…」
「この先に…?」
老人は友愛の顔をジロジロと見る。
そして、意味深な言葉を友愛に放った。
「お嬢さんや、気をつけなされ。この辺は、……ドラキュラが出ると噂されているのでな」
「ど、ドラキュラ……?」
友愛は固まってしまった。
今どき、ドラキュラなんているのだろか…疑問そうな顔をする。
「その顔は、信じとらんな…」
老人はフゥ、とため息をつく。そして、帽子を正す。
「まあ、噂にすぎんからなぁ…」
「で、でも…なんでそんな噂が…?」
友愛は老人に尋ねてみた。
こんなことが噂されるなんて、異常なことだった。そして、友愛自体、その話を聞いたことがなかったのだ。
「ふむ…あまり、この話は周りにはしていないが…」
老人はゆっくり話をしはじめる。
「昔…この辺で、女性の変死体がよく発見されたのじゃよ」
「へ、へへ変死体ぃぃぃ?」
友愛は思わず変な声が出てしまう。
林道はそんな友愛の声が響きわたりそうになるほど、静かだった。
「わしもまだ若い頃だったから、見たことはあるんじゃ」
その頃を思い出すかのように、老人は目を瞑る。
「首のところに、何かが噛み付いたような跡があってな」
「く、び…」
友愛はゴクリ、と息を飲む。
…聞かなくても、わかる。その跡こそが──
「ドラキュラに、血を吸われた跡じゃ」
まあ…そうとも言い切れんがな、と老人は続けた。
「何にしろ、ここは危険じゃ。用は早く済ませなさい」
「は、はぃ…っ」
改めて、この場所が危険であると知らされ、声が小さくなる友愛。もしもバイトをすることになったら…毎日ここを通らないといけない。
「特に、この辺は夜になると真っ暗だから、気をつけなさいよ」
老人は友愛にそう言うと、ゆっくりと立ち去って行った。
「………………」
友愛はただ、黙っていた。老人が伝えたいことは…“ここは相当危険な場所”、ということなんだろう…と友愛は感じた。
本当にドラキュラがいるのだろうか。
…でも、もしもということも考えられる。
「と、とにかく早く済ませちゃお…!」
なんだか怖くなった友愛は、目的地である家への道を急いだ。
急ぎ足だったため、予定よりも早く目的地に着いた友愛。さっきまでは木が生い茂っていて、太陽の光さえも遮断していたが、この辺りは少しだけひらけている。
息を整え、改めて目的地を見渡す。
「う、っわぁ…」
高い柵に囲まれているすごい豪邸が、そこにはあった。
もっと小さな別荘的な場所だと思っていた友愛は、思わず声を漏らす。
「すごい…大豪邸じゃん…」
こんなところにあるから不気味過ぎる。ここは…林の中だ。友愛は、さっきの老人の話を思い出した。
───ドラキュラ。
(ここに住んでいるのが、ドラキュラだったりして…?)
「ま、まさかぁ~…」
そんなこと、ありっこない。
いや、正しく言うならば、……そうあってほしくない。
いろんな考えが友愛の頭の中を支配する。
ドキドキしながら、友愛はその大きな門の前に立った。
「大丈夫、大丈夫…」
友愛は自分に言い聞かせながらゆっくりと、門を開く。
キイィィィィィ…
甲高い音が友愛をより一層、怖がらせる。
友愛は一歩、一歩…その家の入口である玄関に向かって進んでいく。
その玄関の前に立つと、改めてこの家の大きさに度肝を抜かれる。
「でも…、一か八か、賭けてみるしか…!」
友愛はそうつぶやくと、大きなドアの隣にある、インターホンを恐る恐る、押した。
ピンポーーーン
静かな林の中、インターホンの音が鳴り響く。
どんな人が、出てくるのだろうか。
いっそのこと、誰も出てこないで…
そうすれば、自分は諦めて帰るのだから────
……カチャッ
そんなことを考えていた友愛だったが…鍵が開いたような音が聞こえてしまった。
誰かが出てくるのを覚悟した。
…しかし………一向に扉は開く気配はない。
「どういうこと…?」
友愛は改めて、考えてみる。
インターホンを鳴らした後…確かにカチャッ、という鍵が開いたような音が聞こえた。
(いや、逆に…)
鍵が掛かった音、と捉えるのはどうなんだろうか。
それだったら、人が出てこないことも頷ける。
つまり、それは…単なる居留守だ。
「でも、バイトを募集してる人が…、居留守を使うのかな…」
友愛は納得が出来なかった。
だから、ドアノブに手を掛けていた。
(確認、確認だけ……)
お得意の自分に言い聞かせをすると、ゆっくりとドアノブを捻った。
キィィ…
無残にも、扉は開いてしまった。
「………わ…」
その、大豪邸の中は…玄関先に、大きなシャンデリア。奥には、レッドカーペットが敷かれた、大きな階段までもがある。
「す、ご…」
友愛は思わず、足を踏み入れた。
友愛は玄関に入って辺りを見回すと、靴箱や靴を入れる棚がないのに気が付いた。
これは、土足でいいということなのだろうか。
友愛は、恐る恐る靴のまま、足を進める。
「めっちゃ金持ちっ…ていう家だなぁ…」
ぼーっと、家の中に見とれていると。
カチャッ……
再び、鍵が開いたような、音がした。……いや、さっきは…、鍵が開いたのだ。
(……まさか、閉まった!?)
友愛は急いでくるり、と振り返る。
その光景は───
「………ぇ?」
玄関に立っているのは、この家の持ち主とは思えない服装の…男性。
一般的な洋服屋で上下セット1000円ほどで買えそうな、紺色のジャージを着ている。
「……何か用?」
男性は機嫌が悪そうに、頭をぽりぽりと掻いた。
少し茶髪気味のふわふわとした髪型が乱れていく。
「あっ、その…このバイトを…」
友愛はすかさず、鞄の中から例の紙を取り出した。男性はその紙を受けとって、一瞬眉がぴくりと動いたが、すかさず友愛の顔を眺める。
「へぇ…」
ただ、それしか言わなかった。
(いや、へぇ…だけじゃ…わからないんだけど…)
「…ふーん」
男性は相変わらず友愛の顔を覗き込む。
(さっきから、へぇ…だとか、ふーんだとか…一体なんなの?)
「あの…、ここのバイ──」
「はい、採用」
友愛の言葉を遮って、男性が言った。
(さい、よう…?)
友愛は言葉の意味を理解できずにいた。
「? どうした? バイトしたかったんだろ」
男性の口調はさっきとだいぶ変わっている。
友愛はとても怖く感じた。
「あ、でも…履歴書とか…っ」
バイトをする前って、面接とか、履歴書を渡したりとかが必要だ。今は履歴書の持ち合わせがなかった。
「あー…。俺、そういうめんどくさいの嫌いだからパス」
男性はふぁぁ~、と欠伸をする。
(そんなのいい加減すぎませんか!?)
「で、もうやるの決定なんだけど」
男性は口角を少し上げた。
あまりにも不気味に感じた友愛は、肩がビクッとした。
「あ、あの…私、用事思い出したので──」
そして友愛はとっさに言い訳をして、屋敷から出ようとした。
が。
───ドアが、開かなかった。
慌てすぎて、ガチャガチャ音をたてまくる友愛。
「ばーか。さっき閉めたんだけど?ここ、内側も鍵必要なんだよね」
男性は指先で鍵をくるくる回す。
さっき、友愛が家の中に見とれている時に閉められたのだった。
「かっ、鍵開けてくださいっ」
涙声になりながら、友愛は言った。
そんな必死になる友愛に、男性は嘲笑う。
「嫌だ」
仕舞いには、そんなことを口にする。
(嫌だ、って言われても!)
「こ、こんなの監禁ですよ…!? 犯罪ですっ!」
「あんただって勝手に家に上がり込んだじゃねーか」
友愛の反撃も、あっさり返される。
たしかにそうだった。友愛も不法侵入になる。
(…って、反省なんてしてる場合じゃない…!)
「とにかくっ、バイトの話はっ」
「……やらねぇの?」
バイトの話は無しにしてください、と言おうと思った友愛だったが……男性の、その悲しげな顔を、見てしまった。
「……………はぃ?」
友愛の様子を伺う男性。その顔は、まるで子犬のようで。
「なんなら、時給を1500円から2500円に上げる。…これでもダメか?」
男性はとんでもないことを言った。
時給を1500円から2500円に、値上げ交渉をしてきたのだ。
友愛は、そんなに時給が上がるならやりたい…と思ってしまった。
「…どうなの?」
男性は友愛に聞く。友愛はバイトをやりたいという考えを、一旦頭の隅に追いやった。
「お、お手伝いって言っても…何をするんですか…?」
友愛は内容を聞くことにした。聞くだけ聞いて、それで帰ろうと思っていた。
「フツーにお手伝い。家事が主かな」
男性はただそう答えた。
(家事メインで2500円…)
「あー…でも、家遠いので…」
友愛は言い訳した。ここにたどり着く前から、遠いのはわかっていた。
家事をするとなるなら、家から遠いと不便かもしれない。
「なんだったら泊まり込みでやればいい」
友愛の言葉をさっさか返す男性。
「どこの学校に通ってるんだ?」
(と、泊まり込み…!? 今知り合った人のところで…!?)
「その制服だったら…ここの近くじゃねぇか」
「でもっ、家賃が…」
友愛には家賃という、毎月お金のかかるものがあった。滞納なんてしていられない。
「んなの、今すぐに契約解除しちまえ」
「はぁっ!?」
男性の突然の発言に、戸惑う友愛。そんな友愛を横目に、男性は続ける。
「そんなに契約解除が嫌なら、俺が家賃を払ってやる」
「えぇぇ!?」
時給2500円も出して、しかも家賃を払ってくれると男性は言うから、友愛は頭が混乱してきた。
そんなうまい話、あるわけが…ない…。
「俺、片付けとか嫌いだし…。引き受けてくれると、かなり助かるんだけどな」
男性がポツリとつぶやいた。
そんなつぶやきを、友愛は聞き逃さなかった。きっと、これは男性の本音だ。
「じ、じゃあ…一ヶ月契約で…」
気掛かりに思った友愛はそう言った。
とりあえず、とりあえず…それぐらいの期間ならば…。
「いや。…一生だ。死ぬまでずっとやれ」
「えっ!?」
男性はとんでもないことを言い始めた。
友愛が驚きを隠せないでいると、男性が近づいてきた。
タン、と男性がドアに手をつく。
友愛はそんな男性と、ドアに挟まれた状態だ。
「…………頼む」
男性の、真剣な眼差しと、その声で…友愛の思考はストップした。
「もう、帰す気はねぇんだよ」
「は…?」
(帰す気はないって…どういうこと?)
そんな友愛に、男性は耳元で囁いた。
「俺、─────だから」
その言葉を、理解するのに…
友愛は時間だけがかかった……
読んでくださり、ありがとうございました。不定期になりますが、これからも投稿を続けていきます!