第八話 ゲーセンに行っても椿は椿!
「……」
「椿。財布の中をいくら覗いても、小銭の数は変わらないわよ?」
2030年ごろ、魔法を用いた高度なハッキングにより、完全に電子情報でやり取りが行われていた契約が改竄されたことで、総額30億円の被害を出すという『大事件』が発生した。
その影響により、大型の契約に関しては、偽造防止が強化された魔法印鑑を用いた実物の書類による取引が主流となっている。
人類はそのような事件を経験しつつ、技術は進歩させるもの。2040年になるころには、悪が世界を半周していたハッキング技術にセキュリティが追いつき、少額決済に関しては電子情報が主流となった。
そのような時代の流れがあるのだが、中には、小銭や紙幣のみを扱う店も存在する。
旧世代の雰囲気というのだろうか。コアなファンがいるというわけではなく、魔法社会に突入して景気が良くなり、道楽のような経営を可能とする者がちらほら出てきた。
……いろいろ理由はあるが、要するに。
百円玉を入れてプレイするアーケードゲームが並ぶ店に入る場合、電子マネーしか入っていないスマホだけではどうしようもないということだ。
「むうう……百円玉が入ってないですううう……」
「というか、何が入ってるの? 小銭の音はするけど」
「一円玉が二十枚くらいですね」
「何故?」
「何千何百九十九円。みたいな買い物をちょっと現金でやってたので、その残りですね!」
要するに、ちょっと前であればちゃんと現金があったということだ。
タイミングが悪すぎである。
「栞は小銭ありますか?」
「私は持ち歩いてないわ」
「刹那は?」
「~♪」
「……む?」
刹那はちょっとだけ反応した後、ぴょんっとジャンプ。
ジャラジャラジャラジャラ!
「めっちゃ小銭を隠し持ってますね!」
「~WWW♪」
椿の反応に笑う刹那。
そして、ポーチを開けて財布を出すと、百円玉を五枚出して椿に手渡す。
「おおっ! いいんですか!」
「~♪」
頷く刹那。
「わーい! 遊んできますね!」
アーケードゲームに突撃する椿。
「……刹那。大体なんでも持ち歩いてるわね」
「~♪」
体はちっこく、身に着けている服のポケットに膨らみはない。
身に着けているポーチも物が詰め込まれているわけはなさそうだ。
しかし、先ほどの音を考えるといろいろ持ってそうではある。
「うにゃあああああっ! 弾が全然当たらないですうううっ!」
銃の模型を画面に向かって乱射している椿だが、いくら撃っても的に命中しない。
「止まった的に当てられないのに、何をやってるのかしら」
溜息をつく栞。
……と同時に、ライフが吹き飛んだのか、栞たちのところに戻ってくる椿。
「なんだか反応が悪いですよ。全然当たらないです!」
「椿が下手なだけよ」
「むむむう」
「ARのシューティングでもまともに当たらないし、射撃に向いてないわ」
「むむっ……」
「そもそもフルオートでばらまくのが好きなんだから、普通のゲームなら早々に弾切れするだけよ」
「そういう栞はどうなんですか! ぷんぷんっ!」
頬を膨らませて起こる椿。
全然怖くない。というか、椿を怖いと思ったことは一度もない。
……恐ろしいと思ったことはあるが。
「はぁ、あのゲームね……」
というわけで、栞は刹那から小銭を受け取ると、ゲーム機に百円玉を入れた。
……十分後。
「ワンコインで初見で、全クリ……」
プルプルと震えている椿。
どうやら、彼女が呟いた通りの結果を叩き出したようだ。
「頭がおかしいです!」
「椿にだけは言われたくないわ」
確かに『頭がおかしい』など、椿にだけは言われたくない。
スペック面を考えると『普通』とは口が耳まで裂けてもいえないが、別に倫理観が吹き飛んでいるわけではないのだ。
「~WWW♪ ~WWW♪ ~WWW♪」
刹那はご満悦の様子である。
「刹那! 笑い過ぎですよ! むっはー!」
「……はぁ、あまり大声を出さないの。次はどうするの?」
「むー……あれにします!」
カーレースのゲームを開始。
「アクセル全開ですうううううううあああああああっ!」
開始早々に何があった。
「椿。カーレースは車の強度を計測するゲームじゃないのよ?」
「うまく曲がれないんですよ!」
「速度を落としなさい」
「むううっ! 全速力でもちゃんと曲がれる車じゃないのが悪いんですよ!」
めちゃくちゃである。
ついでに言えば、現実でそんな車に乗ったらGが大きすぎて気絶しかねないと思うが。
「……椿にビデオゲームは向かないわね」
まあ、ビデオゲーム全般が向かないのなら、外で遊ぶしかない。それが現代日本だ。
だから家でゲームをやらずにダンジョンに潜っているんだろうね。良いのやら悪いのやら。
「……でも、誰も見てない時は上手いような? この前、椿の家にあったゲーム機のセーブデータを見たらすごかったわよ?」
「~♪」
刹那は微笑む。
というより、栞も刹那も、なんとなくわかっているのだ。
椿は、どうでもいいことに関しては、『実力すら気まぐれ』なのだ。
基本的に何も考えておらず、やりたいと思ったことをやる。それが椿クオリティ。
しかし、誰にとっても予想できないことばかり起こるのは、結果につながる過程の全てが気まぐれだから。
それは実力さえもその影響下であり、本当に『どうでもいいこと』に関しては、本当に『くだらない結果』に終わる。
(……はぁ。今日はずっとこんな感じね……)
頭脳も才能も、常人の域を超えている栞。
そんな彼女だが、椿だけはどうにもできない。
止めても止まらず、変えても変わらず。
まさに『無敵』なのだ。
まあ、最も大きな原因があるとすれば……。
「やっと三周できたですううっ! むむむぅ! 最下位ですうううっ!」
……こんな椿を愛しているから、そんなところだろうか。
おそらく、椿の傍にいる栞にとって、それ以上の不幸も、それ以上の幸福も、おそらくないだろう。
「栞っ! 栞は一位取れますか?」
「当たり前よ」
次は栞がシートに座る。
「~♪」
……そんな様子を、ニコニコ笑顔で刹那は見守っている。