第五話 ダンジョンにおける『宝箱』の魅力
ダンジョンを進む椿と栞と刹那。
基本的には椿が元気いっぱいで突撃し、何かあれば栞が魔法で援護。刹那は基本的に暇という構成である。
場所が中層以前の場合、栞が援護をした場合はモンスターの魔石が粉々になるが、椿や刹那はそれに対して特にいうことはない。
刹那に関しては何か言ったとしてもよくわからん。
そもそも世間的に見れば、特待生クラスである彼女たちは、中層よりも浅い階層の魔石など求められていない。
そのため、中層の魔石を粉々にしたとしても、『どうでもいいから深層に行って魔石を取って来い』とは言われず、『魔石を粉々にするってどういうこと?』と言われるわけだ。
ダンジョンは浅い階層だと非常にシンプルな構成であり、少ない種類、かつ弱めのモンスターがそこそこの回数で遭遇する程度。
しかし、深くなっていくと、モンスターの種類が増え、強くなり、罠の数も多くなるし通路も複雑になる。
もちろん、深くなるにつれて魔石の質は上がる。
そして、もっと『魅力的』な話がある。
「おおおおっ! 宝箱がありますよ!」
通路を歩いていくと、部屋を発見した三人。
椿がひょっこりとのぞき込むと、そこには木材でつくられた宝箱が置かれている。
「……あ、この部屋、安全エリアになってるわ」
「~♪」
安全エリア。
簡単に言えば、『エリアの外からモンスターが入ってこない場所』である。
現在、世界中で確認されているダンジョンの中で、宝箱が置かれている部屋は高確率で安全エリアが展開されており、『急にエリア設定が消える』というケースは一例もない。
当然、『外から入ってこない』だけで、何らかの要因により『エリア内でモンスターが生み出される』ことはあるが、罠の宝箱を開けたり、壁際に設定された何らかの仕掛けに触れるといった『冒険者側のアクションの結果』によるものばかりである。
ある程度広さがあり、基本的に動かなければ平穏そのもののため、『安全エリア』と定義されている。
ちなみに、安全エリアには特定の『魔力の波のようなもの』があり、感知能力が高ければ、入った瞬間に安全エリアかどうかがわかる。
高確率で宝箱があれば安全エリアだが、もちろんそうでない場合もあり、栞レベルの感知能力は特に深層では重要だ。
「うへへ~~っ! 何が入っているか楽しみですうううっ!」
宝箱に直行する椿。
そして、ブレザーのポケットからスマホを取り出すと、カメラを向けた。
「む~~……罠はありませんね!」
膨大な情報データを保存できるスマホは、魔法を使うアプリを入れておくとしても優秀なものだ。
冒険者が使うような専門の魔法型スマホはかなり高額。
スマホを作る際の材料の問題で、深層で使うに値するスペックがあるものはさらに高額だが、特待生クラスはかなりの予算があるため全員配布される。
……まあ最も、今年度の一年零組に、自前の高性能魔法型スマホを持っていない者は存在しないが。
「なら、開けてみましょう」
「むふふ~~っ! オープン!」
椿は宝箱を開けた。
「おっ! これは何かの原石ですね」
全く加工されていない黄色の鉄塊が入っていた。
椿の手にのせられる程度の大きさで、椿の様子からするとあまり重くはないようだ。
「『ボイリウム鉱石』ね」
「?」
「~?」
見ただけで分かった様子の栞だが、椿と刹那は首をかしげる。
「まあ、簡単に言うと、『魔力の沸点の研究』を行う時に使われる実験専用の金属よ」
「……?」
「……♪」
「知らないの? 私たちの担任の先生は、大学時代に様々な研究をしているけど、その中で『魔力の融点と沸点』というテーマがあって、ほぼ完璧に近い定義を出したのだけど」
「……それって、どういう意義があるんですか?」
研究には課題設定がないと『なんでその研究をしたの?』と当然突っ込まれる。
椿の疑問は最もだろう。
「その界隈で一番有名なのは、『火属性の完全耐性』にも融点があって、一定以上の温度になると貫通できるということね」
「どれくらいの温度何ですか?」
「地球上で議論しても何の意味もないくらいよ」
「そ、そうですか」
「しかるべきところに売ればそれ相応の価値があるわ。持っておきましょう」
「わかりました!」
鞄に突っ込む椿。
こういったピンポイントでしか使い道が発見されていない鉱石がダンジョンで見つかることは多々あり、事前に調べておくとちゃんと金になるのかが分かる。
とはいえ、栞の記憶力は『見ただけで全て覚えられるレベル』なので、事前知識という話だとあまり参考にならないが。
もっと言うと、魔法省が開発した魔法アイテム専用の通販サイトで確認すれば一発だが、割愛しよう。
「~♪」
刹那が宝箱を触っている。
「む? 刹那。何かあるんですか?」
「~♪」
刹那はニコニコしたままで、箱に触る。
そして、ヒョコヒョコと箱の裏側に行った。
「む?」
「~っ!」
刹那は、宝箱を思いっきり蹴る!
すると、宝箱の手前の引き出しみたいなのがスコーン! と出てきて、棒立ちしていた椿の両方の脛にガツンッ! と直撃。
「んぎゃあああああああっ! 痛いですうううううっ!」
突然のダブル弁慶に地面を転がり悶絶する椿。
「~~~WWW♪」
腹を抱えて爆笑している刹那。
「……はぁ」
頭痛が痛くなってきて溜息をつく栞。
「んもおおおおおおっ! 刹那! なんてことするんですか!」
椿が立ち上がってプンプンッと怒り始めた。
復活の速い子である。
「~♪」
「むうううっ! むううっ!」
「~♪」
「うにゃああああっ!」
「~♪」
「ぷっぱっぱ~~~っ!」
全然わからん。
「……まあ、それは良いとして、引き出しは……これ、地図ね」
栞は薄い石板のようなものを引き出しから取り出す。
「むっ? 地図ですか?」
椿も覗き込んだ。
なんと、全く文字が記載されておらず、部屋と通路の位置。そして記号だけで構成されているという専門家専用仕様である。
「……これ。どこの地図ですかね?」
「主に隠し部屋とか、裏道とか、そういうものを通るための仕掛けの位置が分かるものよ」
「おおっ!」
「……ただ、私の記憶が正しければ、この地図に書かれてる階層のギミックは、既にすべて発見されているけど」
「むううっ!」
「しかも魔法省が作ったダンジョンマップアプリを使えば、簡単に無料でアクセスできるわ」
「うにゃああああ!」
単なるゴミを手に入れてしまった唸り声を出す椿。
「ただ、ダンジョンに含まれる文明を解読するうえで、『石板そのもの』は重要だから、研究機関に売ればいいわね」
「物好きはいるんですね」
「多様な研究ができる環境が揃っているのは良いことよ」
というわけで、石板を鞄に突っ込む栞。
「むうう……む? そろそろ時間ですね」
スマホを確認すると、あらかじめ決めていた引き返す時間に迫っている。
こういう時は素直に帰った方がいい。
「そうね……それじゃあ、帰りましょうか」
「~♪」
というわけで、三人で引き返すことに。
椿はダンジョンに楽しそうに潜る子だが、引き返すとなればちゃんと帰る。
家に帰ればメイドのセフィアがおいしい晩御飯を作っているからだ。
椿の思考回路などそんなものである。
★
「うへへっ! 思ったより稼ぎになったですうううっ!」
ダンジョンから戻ってきて、換金所でやることを済ませた椿と栞。
刹那は百円ショップに用があるとのことで外している。
「あの鉱石と石板が高額になったわ」
「魔石に関してもやっぱり結構高額ですね! アイスクリームをハシゴ食いするですうううっ!」
「まだ食べるの?」
「当り前ですよ! ……む?」
椿が横を見ると、レジ袋を持った刹那がいた。
「あ、刹那。買い物は終わったんですか?」
「~♪」
「ふむむ……」
刹那が買ってきたものを見せてくる。
「武器の手入れ用のキットが四つで四百円ピッタリですね」
「百均なんだから丁度に決まってるわ……というか、なんで四つ?」
「~♪」
「すぐ失くすから!? それは私を舐めてますよ!」
「~♪」
「むうう! あのバーナーを失くしたのはノーカンですよ!」
「バーナーをどうやって失くすっていうの……」
まあ、多分、メイドのセフィアあたりが探し出していると思うが。実際は知らん。
「ぷっぷー! むう、まあとにかく、今日は私の家で入学祝ですよ! むっはー!」
うれしそうな様子で自宅に直行する椿。
栞は溜息交じりに。刹那はニコニコしつつ、騒がしいリーダーについていった。