第三話 血迷った店もあれば、それに入る客(椿)もいる。
沖野宮高校の敷地は広く、その改造範囲は地下にも及ぶ。
文部科学省ではなく、完全に特別会計で構成されている『魔法省』が金を出しているのが冒険者育成専門学校であり、予算もかなり高額設定だ。
その敷地には多数の研究施設が存在。それらを支える各種の売店が学校敷地の外に揃っており、飲食店に関しては24時間営業も数店舗程度だが存在するため、『学校に住み込み』であっても問題がないようになっている。
それに比例して飲食店も多種多様であり、中には完全予約制の高級レストランもある。
「もぎゅもぎゅ……めっちゃおいしいですね!」
ホットドックにかぶりついて満足そうな椿。
「どこに行くのかと思ったら初手が飲食……らしいと言えばらしいかしら?」
「~♪」
栞は溜息をつき、その隣で刹那はみたらし団子を食べている。
「……あれ? 刹那。そのみたらし団子、どこに売ってたんですか?」
「~♪」
「家から持ってきた!? 私も何か持ってきたらよかったですううう~~~っ!」
「学校をなんだと思ってるのかしら……」
多分遊ぶところだと思ってるんだよ。知らんけど。
「むううっ! むう……あ、なんかすごい店がありますよ!」
椿は店を指差した。
どこか『どんぶり飯』が出てきそうな『庶民感』があふれる木造タイルが張られた店。
看板には、なかなかの達筆でこう書かれている。
『大盛処・ギガ爆弾』
「あれは凄そうですよ!」
「ネーミングセンスが狂ってるわ……いや、狂っている方が椿が来る確率が高いからわざとやっているのかしら?」
「……♪」
反応に困る店名であることは間違いない。
というか、なんで入るのに勇気がいる店名にしてしまったのか。
これが椿効果である。地獄である。
「入りますよ!」
「女子三人で入るような店名じゃないと思うわ……」
「~♪」
普通に考えればスルーして笑い話にするのが鉄則だ。
まあ、冒険者として実戦経験を積むカリキュラムが組み込まれているので、エネルギー補給と言う意味で重宝される店なのかもしれないが、栞の言う通り、少なくとも女子三人で入るような店ではない。
というわけで、椿を先頭に中に入る。
「いらっしゃいませー!」
中から女性スタッフが来たので、空いているテーブル席に案内してもらう。
女性スタッフがちょっとソワソワしているのは、『食えんの?』と思っているからだろう。
事実として、三人は腰回りの細さ的に、心臓にいいメンツではない。
……ちなみに、椿たち三人以外に客はいない。あんまり店内も広くないけど。
「これがメニュー表ですね」
席に座った椿がパッと取って確認。
その表紙には、五枚重ねにされたステーキというなかなか血迷ったモノが映っている。
「なんですかこれ!?」
「……」
ちなみにこれの名前は『五牛の塔』である。
「これを食べましょう!」
「この前衛アートを食べる気なの?」
「~~っ♪」
あんまりな栞の表現に笑う刹那。
「あ、すみません! 注文決まりました!」
「……」
止めないと止まらない。止めても止まらない。
長い付き合いなのだろうか。そんな雰囲気を感じさせる栞である。
「はい、お待たせしました。注文お願いします」
「五牛の塔を三つでお願いします」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………五牛の塔を三つですね。畏まりました」
十秒くらいフリーズしていたが、『まあそんな客もいるか理論』でどうにか戻ってきたようだ。
……大変、危険な理論ではあるが。
四十代後半くらいでホールスタッフとして慣れている印象はあるものの、椿相手に前例は通用しない。
「他にご注文はありませんか?」
「以上ですよ!」
「わかりました。店長! 五牛の塔三つ入りました~!」
「ブフッ! ゲホッ! ゲホッ!」
なんか蒸せてるおっさんの声が聞こえてくるが、至極当然の反応である。
「うへへ~♪ とても楽しみですね!」
「なんで私達を巻き込むの……」
「栞なら食べられますよ!」
「~♪」
「刹那も大丈夫ですよ!」
その闇雲な自信の根拠はなんだ。
「というか、椿は食べられるの?」
「私の胃袋は気まぐれなので食べられますよ!」
「……」
今は食べられる気分ということなのだろうか。
そんな生産性と整合性が皆無で直感に反しまくっていることを話していると、おばちゃんがでかいトレーに入れて持ってくる。
「五牛の塔三つになります。ご、ごゆっくりどうぞ」
一瞬声が上ずっていたが、仕方のないことだ。
「す、凄いですね!」
写真で見るのと実物で見るのには大きな違いがある。
写真は視覚しか影響しないということもあるし、ステーキも突き詰めていけば単なる肉料理であり、視覚以外の要素も創造可能な範囲ではあるものの、やはり『実物』は違うのだ。
というわけで、椿は五枚重ねになったステーキを見て感激している。
「……刹那。大丈夫?」
「~?」
栞が刹那の方を向くと、既に刹那はもぎゅもぎゅと口を動かしながら咀嚼していた。
相変わらずのニコニコとした表情であり、マフラーを少し下げた程度で普段と違いはない。
「大丈夫そうね」
呆れた様子で栞も食べ始める。
「むふふ~♪ めちゃくちゃ美味しいですよ!」
「それが一体いつまで続くことやら……」
しっかりと味付けされたものがおいしいのは最初だけ。というのは大食いあるあるだ。
しかし……。
「もぐもぐ……んーんー……ばぐばぐ……美味しいですううう~~~っ!」
「……」
椿に常識は通用しない。というか、物理法則がちゃんと働いてくれない。
この細くて小さい体のどこに入るのか。
刹那もそうなのだが、一体どうやって体に入れているのかよくわからない。
「……はぁ」
ただまぁ、椿と一緒にいると『ヤケクソ』という言葉がどれほど人間のストレス軽減に貢献しているのかよく理解できるもので、栞は考えるのをやめて食べ始めた。
★
「うへへ~! 美味しかったですね!」
「三日位何も食べなくても大丈夫なくらい食べたわ……」
「~♪」
三人とも食べきった。
「むっはー! あそこに美味しそうなクレープがありますよ! 早速食べるですううう~~~っ!」
椿が突撃していった。
刹那も足をちょこちょこ動かしてそれについていく。
「……まだ食べる気なのかしら」
スイーツは別腹、と言うことなのだろうか。
「すみません! クレープを八つください」
「はーい……えっ、八つ?」
「はい! 八つです!」
「……」
ステーキにしてもクレープにしても、金を払っているのは全て椿である。
まあ、栞が自分で稼いだ金額も相当なものなので、別に払わされたとしても文句は言わないが、だからと言って、こう言う買い方をされると栞としてもどうしようもない。
……ちなみに、刹那はニコニコしながらついていくだけで、特に意思が見えないのでよくわからん。
「はぁ……」
「栞、クレープを買ってきましたよ!」
椿が八つ買ったクレープだが、その内二個を栞と刹那に渡して、六つのクレープを手に目を輝かせている。
「……六つも食べられるの?」
「デザートは別腹ですよ!」
「~♪」
「む? 前にスイーツ系の店を六つ回ってた? むふふ! 別腹が六つあれば問題ないんですよ!」
「椿の体の構造ってどうなってるのかしら……」
栞は何度繰り返しても解決しない疑問に悩みながら、クレープを食べる。
「あ、美味しい」
「うへへ~~! まだまだ食べるですうううっ!」
いつの間にかクレープを六つ食べ終わっていた椿が、再び全速力で走り出す。
「……はぁ」
傍から見ている分には良いが、近すぎると疲れる。
その典型が椿であり、栞は疲れている。
「~♪」
刹那が『まあまあ、いつもどおりじゃないか』と言った様子でポンっと栞の方を叩く。
「……刹那も人のこと言えないわよ」
「~♪」
刹那は笑みを深くすると、走っていく椿を追いかけていった。
栞はまた諦めたような様子で、二人を追いかけていった。




