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7.

 私は一人で、マーシーのいる教室を目指して歩いていた。

 エリオットとハワードとは別れ、少し寄り道をしてから彼女の元へ向かっている。

 すでに、二十分の遅刻である。


 彼女は、待っているだろうか。

 それとも、去ってしまっただろうか。

 待っているとして、彼女の機嫌はどうだろう。

 

 上機嫌で待っているだろうか。

 それとも、怒っているだろうか。

 まあ、考えるまでもなく怒っているだろう。

 また櫛とか投げられるのかな……。


 しかし、今回の私は以前までとは違う。

 医務室に行くような事態には、たぶんならないはず。

 櫛をキャッチしたり、避けたりする必要はない。

 既に対策は考えてあるのだ。


 マーシーのいる教室に着いた。

 扉の窓越しに、こっそりと教室の中を覗いてみた。

 マーシーは、窓から外を眺めていた。

 ちょうど、こちらには背を向けている。


 しかし、背中越しでも怒っているのが分かる。

 怒りで震えて肩で息をしているし、地団太を踏んでいるし……。

 ああ、これは間違いなく、櫛を投げられる展開になる。

 まあ、予想していたので、対策はばっちりだ。


 私はポケットからあるものを出した。

 櫛ではなく、カギである。

 この教室のカギだ。

 さっき、寄り道をして借りてきたものだ。


 この学園では、教室一つにつき、カギは二つある。

 この教室のカギの内の一つは私が、もう一つは先に教室に入ったマーシーが持っている。

 そして、この学園の教室はすべて、内側にはカギ穴もなく、錠もない。

 つまり、外側からカギをかけられたら、中にいる人は出られなくなるのである。


 ガチャリ。

 私は扉の鍵をロックした。

 その音で、マーシーが振り返った。

 私の姿を認識すると、鬼のような形相になった。


「あんた! よくも私との約束をすっぽかしたわね! そんなにエリオット様と別れたくないのなら、少し痛い目に遭わせてあげるわ!」


 マーシーは怒りに任せて、ポケットから取り出した櫛を投げてきた。

 しかし扉越しなので、当然私には当たらない。

 私は動じずに立っていた、かというとそうでもなく、当たらないと分かっていても、ビビってしゃがんでいた。


 これは、私が特別ビビりだというわけではない。

 誰にでも、覚えがあるだろう。

 フェンス越しに自分に向かって飛んでくる野球ボール、ネット越しに自分に向かって飛んでくるゴルフボール。

 どれも絶対に当たらないと分かっていても、絶対にビビるはずである。

 

 ちなみに私は最近、ゴルフボールが至近距離から顔面に向かって飛んでくる夢をよく見る。

 自分が階段から飛び降りる夢に次いで、第二位くらいの頻度で見るのだけれど、これって何かを暗示しているのかしら……。


 まあ、そんなことはどうでもいいか。

 今は、マーシーのことである。

 彼女は、櫛が扉に弾かれて床に落ちた様を見て、さらに怒りを爆発させていた。

 彼女は扉まで近づいて、私の目の前まで来た。

 しかし、扉越しなので暴力を振るわれる心配はない。


「あの、マーシーさん、遅れてすいませんでした。落ち着いて話をしましょう。私は、あなたが勘違いしていることを伝えたいのです」


「はあ!? 勘違い!? エリオット様とイチャイチャしている勘違い女に言われたくないわよ!」


 ああ、だめだ。

 話が通じない。

 もう、このまま彼女を放置して、帰ろうかな……。

 いや、そんなことをしたら、あとで面倒になりそうだ。


「あんたがエリオット様と別れる気がないというのはわかった」


 マーシーはそう呟くと、私に背を向け窓の方へ歩き出した。

 あれ、もしかして、諦めてくれたの?

 なんかよくわからないけど、一件落着かな?


 と、思っていたのだが、マーシーが振り返ると、相変わらず怒りの形相だった。

 しかも、彼女は勢いよくこちらに向かって走り出した。

 あぁ、彼女が何をしようとしているのかわかった。


 タックルかドロップキックで、この扉を破ろうとしているのだ。

 もしかして私、かなりのピンチなのでは?

 さて、築何十年にもなるこの教室の扉。


 女子生徒の突進に耐えられる強度を備えているか否か、それが問題だ。

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