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星屑の魔女~ミーシャ・レイシアの聖霊譚~  作者: 呂ノ宮
聖霊石の継承者編 1
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7【水の聖霊石 アクアマリン】




 昔から、同胞である聖霊石達は自分のことを別の名で呼んだ。


 何度も、何度も。

 違うと言っても繰り返し間違えられる。




 そこに、誰かの面影を見ているように。




 創造主である、星屑の魔女さえも、自分の名前を呼ぶこともなく死んだ。




 一度くらいきちんと名前を呼んで、私を見てほしかった。




 真っ直ぐに見つめられ、名前を呼んで貰える同胞達が羨ましい。




 たった一度でいいから。




 そう、ずっと思っていたのだ。




***




「今のは、魔法だわ。」


 ミーシャは信じられないと思いながらも、湖面に立つモルガナイトを見た。


 湖面を鏡面に変えた。あれは魔法だ。


 そして湖面に戻った今も、モルガナイトは水の上に浮いている。

 これも魔法だ。




 聖霊石は魔力と器を与えられたときに、同時に制約を課されている。

 聖霊という魂とマナだけの存在に、自我と実体を持たせるのは生半可なことではなく、そこに制約と言う形で役割を与えて、契約で縛ることで形と為すのだ。


 制約とは一つの属性を定められることだった。


 アクアマリンは四大元素の内の水を司ることを定められた聖霊石なのだろう。その他にも火、土、風が四大元素である。


 そしてそれ以外に四大の性質を宿しながら、四大元素程の力を与えられなかった聖霊石がいる。

 その聖霊石達は、星屑の魔女に独自の制約を与えられて形となった存在なのだ。


 四大とは別に役割を与えられて形となった聖霊石。

 一つの属性を持たせられ、その属性に特化した魔法を使うのだ。そのかわり他の魔法は全くと言っていいほど使えなくなってしまう。


 アクアマリンがまさしくそれで、水を司ることを制約で課されたが故に、水に関わる魔法しか使えないのだ。




 しかし今ミーシャの眼前に立つモルガナイトはどうだろうか。

 アクアマリンと同じ聖霊石であるはずなのに、四大元素の一つを司ることを定められた聖霊石に勝ち、それ以上の力を見せている。


「モルガナイトは三属性も使ってる…。どういうことなの? 」


 剣、鏡、浮遊。


 浮遊は風に属する魔法だ。風を司る聖霊石でなくては使えないはずだった。

 剣と鏡は、同じ鉱物系の魔法で、土を司っているのだと考えれば納得出来ないこともないが、それでも二属性持っていることになる。


「聞いた話と違う……。」


 古き森の魔法使いからは、聖霊は一つの属性しか宿せないと聞いていたのに。


 あれでは普通の魔法使いに見える。


 ミーシャは困惑した。

 モルガナイトの姿が、古き森の魔法使いに重なって見えたのだ。

 それくらいモルガナイトのやっていることが、古き森の魔法使いと似ているのだ。


 剣を履いているから、元々は騎士を真似て造られたのかもしれないが。

 聖霊石が生み出される際、創造主のイメージがその実体に反映される。


 アクアマリンは水の聖霊石となることを定められたから、人魚の姿をしているのだろうとミーシャは思った。


 モルガナイトが何を司ることを制約で定められたかは知らないが、騎士のような姿をしているから、戦闘向きの聖霊石であることは間違いないだろう。


 しかし魔法を行使する姿を見ていると、魔法使いを想像したと言われても頷ける程の力の強さであった。




 水面を鏡面に変える魔法と、宙に浮く魔法。そのどちらもミーシャは古き森の魔法使いから教わっている。

 しかし、湖ほど広大な面積を鏡面に変えれるほどの魔法使いは中々いない。

 古き森の魔法使いは指も動かさず変えていたが、ミーシャは八年がかりでようやく身の丈程の範囲を鏡面に変えられるようになった。


 それだけ出来れば十分だと、古き森の魔法使いは褒めてくれた。

 つまりそれが、並みの魔法使いの力量ということだった。



 そして平然と宙に浮いているが、あれこそ一番難しいものなのだ。

 何故なら、ミーシャも未だに浮遊魔法が上手く扱えないからだ。

 獲得こそ出来てはいるものの、長時間の浮遊は出来ない。持って十分というところだった。

 浮遊魔法は魔力と集中力をごっそりと持っていかれる。


 なるべく使いたくないと、ミーシャは決めていた。


 並みの魔法使いなら十年で獲得するものだと、悠々と宙に浮きながら、古き森の魔法使いが言っていたのだ。

 その二つの魔法をいとも簡単にやってのけるというのは異常だった。


「どうしてあんなことが出来るの…?」


 不思議に思いながら、ミーシャはモルガナイトを凝視した。

 すると足元のアクアマリンが湖の底へと沈んでいくのが見えた。


「!? 」


 足元で同胞が沈んでいるにも関わらず、モルガナイトは、やりきったとばかりに空を眺めていた。


「アクアマリンが……!! 沈んでる、沈んでるわ!? モルガナイトーー!!! 」


 白々と明けていく世界に包まれながら、ミーシャの悲鳴が湖に木霊した。

 



 ミーシャの悲鳴を聞いて、モルガナイトは湖上を歩いてミーシャの傍に戻ってきた。


 アクアマリンを放置して。




***




 カルデラの町の外。

 人目を避け、木々に姿を隠すようにミーシャ達は森に移動した。


 小鳥の囀ずりと穏やかな森の空気に、ミーシャはようやく一息ついた。


 魔法使いとの約束を一つ果たすことが出来たと、モルガナイトを振り返り、その背に担がれたアクアマリンに笑顔を向ける。

 二人とも無事でよかった。と、声をかけようとした瞬間。

 モルガナイトは無造作にアクアマリンを放り投げた。


「ぐえ……。」


 地面にのめり込んだアクアマリンは、つぶれた蛙のような声をあげた。


「!? 何てことを!! 」


 ミーシャが思わず駆け寄り、アクアマリンの体を抱き起こした。

 そしてそのまま足りなかった魔力を、ついでに補填してやった。


 湖に沈んだアクアマリンを、モルガナイトにお願いして引き上げてもらい、ここまで運んでもらったのだが。

 扱いがあまりにも雑である。


「…こんなにボロボロになって。…ねぇ、もう少し優しく出来なかったの? 抑えるだけって言ってなかった? 思いっきり倒してたわよね? 」


「小娘、妥協ばかりしていると自尊心が削れるぞ。…たまにはこうして、……そう、日々の鬱屈を晴らすことが、人生にとって大切なことなのだ。」


「たまにはって、…あなたさっき起きたばかりでしょう? 」


 モルガナイトが遠い目をしながら語ったが、アクアマリンで鬱屈を晴らさないでほしいとミーシャは思った。


「同じ聖霊石仲間でしょう。……アクアマリン? 大丈夫? 」


「……うぇぇ、モールがいじめるよぅ…。」


 ミーシャの腕の中でアクアマリンはぐずぐず泣き出した。


 ミーシャはびっくりしながらも、アクアマリンの背中を擦ってあげた。


 アクアマリンのさらさらの髪は冷たくて気持ちがよかった。人魚の姿だからなのか、どうやら体温が低いようである。髪の毛だけでなく肌もとても冷えている。


(……モールって呼ばれてるんだ。)


 可愛い渾名がついてるなぁと思い、ミーシャは思わずモルガナイトを見た。


「それはこちらの台詞だ。久々に会う同胞に水攻めを喰らわすのがお前の流儀か? ああ、そうか。まぁ別に構わんがな? …鉄の礼を返すだけだからな。」


「うえええん。」


 ふんと鼻を鳴らしながら、モルガナイトがアクアマリンに怒濤の勢いで罵声を浴びせていく。

 それを聞いたアクアマリンがさらにぐずって、一層強くミーシャに抱きついた。


「もうやめて、仲間なんでしょ? ……アクアマリン、私はミーシャ。カルラの娘なの。」


「…ミー、シャ? 」


「そうよ、はじめまして。カルラのこと、…お母様のこと覚えてる? 」


 ぐずっていたアクアマリンは、きょとんとした顔でミーシャを見つめた。

 カルラの娘…。と、ミーシャの言葉を繰り返し、ミーシャの頭から爪先まで眺めたあと。


「~~~~っ!? ミーシャ~~~~!!!!!! 」


 ぶわっと顔を綻ばせ、満面の笑顔でミーシャに飛び付いた。


「!? え、なに…っ? 」


「すごい、すごい!!! ミーシャだ!! ミーシャなの!? 本当に!? 」


「ええ、ミーシャよ。」


「すご~~ぃ!! 私ミーシャに会いたかったんだよ~~~~!! 」


「……そうなの? 」


「すご~~~~ぃ、喋ってる~~~~!」


「……そうね。」


 アクアマリンのテンションの上がりようが理解できず、ミーシャは困惑した。

 会いたかったとアクアマリンは言うが、ミーシャとアクアマリンは初対面のはずだ。


 抱きつかれた驚きと、アクアマリンの騒がしさにミーシャは目を回した。


「元気なの~? 元気なんだね~! 嬉しいね~!」


「まぁ、その、元気だけど。」


「カルラそっくり~! 金髪とか、くりくりの青いお目目とか!! きゃ~! かわ~~~~!!!」


 首にぎゅうぎゅう抱きつかれ、思い切り頬擦りをされて、ミーシャは正直苦しかった。


「くるし……ぃ。」


「ミーシャ~、お年いくつ~~~? 」


「え……十三歳……だ、けど。」


 さりげなく苦しいアピールをしてみたがスルーされた。


「そんなにおっきいの!? そっかそっか~、もうそんなにおっきくなっちゃったんだ~! 赤ちゃんのミーシャも見たかったんだけど~、ざんね~~ん。でもね、ミーシャが元気でいるならいいんだ~! 」


「今死にそうなの…」


「ねえねえ、カルラは? カルラいないの~? 」


 アクアマリンの無邪気な質問にミーシャは固まった。


(アクアマリンも知らないんだ。)


 長いこと宝石の姿で眠り続けていたアクアマリン。

 主であった星屑の魔女、カルラ・レイシアの死を、多くの聖霊石達は知らないのかもしれない。


 実際、モルガナイトは認知していなかった。


 モルガナイトは平然としているように見えたが、果たしてアクアマリンはどうだろうかと、ミーシャは中々言えずにいた。


「カルラは死んだ。その小娘を離してやれ。」


 モルガナイトの言葉に、アクアマリンは氷のように固まった。


 アクアマリンは恐る恐ると言う風にモルガナイトを振り返り、呆然とモルガナイトを見詰めた。


「お前が締め上げるから息がまともに出来ていないではないか。」


 モルガナイトの言葉を聞いて、アクアマリンはミーシャからゆっくりと体を離した。

 その瞳は涙を孕んで揺れていた。


(モルガナイト…。そんな、はっきり言わなくても…。)


 ミーシャは心配そうにアクアマリンの顔を見た。


 聖霊石達とカルラの関係がどんなものだったのかは知らない。


 ただ、カルラは心優しい魔女だったと古き森の魔法使いは言っていた。聖霊石達も心を開き、それはそれはカルラを大切にしていたと言う。


 そんなに大切にしていたのなら、その死を知れば悲しいのではないだろうか。


 娘であるミーシャも悲しかったのだ。

 たった五年の月日とは言え、母と穏やかに過ごしていた。


 それ以上の月日を共に過ごしていたと言う聖霊石達は、ミーシャと同じか、それ以上にカルラの死を受け入れられないのではと、ミーシャは考えた。


 しかし黙ったままと言う訳にもいかず、ミーシャはゆっくりと静かに、アクアマリンの耳に届くように、言葉を選びながら告げた。


「あのね、アクアマリン。お母様……、カルラは八年前に亡くなってしまったの。……もう、長いこと生きていたそうだから。…普通に、お年だろうと思うのだけど…。」


 老衰だろうと言ったのは古き森の魔法使いだった。


 カルラはとても若くミーシャには見えていたが、実はかなり高齢の魔女なのだと、亡くなった日に教えられた。


 魔女にはよくあることだ。とは、魔法使いの言だった。


「え…っ、あ、そうなの? ……えと、ごめんねミーシャ。辛いこと聞いちゃった…。」


「ううん、私は平気よ。…アクアマリンは大丈夫? 」


 主だった魔女に、もう一度逢いたいのではないだろうか。

 ミーシャはそう思い、もう一度アクアマリンの背を撫でた。


「わか……んない。……でもね、私ね、ミーシャに元気でいて欲しくてここに来たから、ミーシャが元気でいてくれるならそれでいいの。カルラもね、ミーシャに元気でいてほしいって言ってたから、それでいいと思うんだけど。」


「うん。」


「ごめんね、びっくりしちゃって、よくわかんないの。…カルラ長生きするって言ってたから、長生きするんだって思ってたんだけど。」


「…うん。」


「…ずぅっと一緒にいてくれるって、言ってたんだけど。」


「……うん。」


「…そっ、かぁ。……そっかぁ…。………カルラ、いないんだぁ。」


 忙しなく語るアクアマリンの瞳から、ポロポロと涙が零れた。


 頬を伝う涙に、アクアマリンは自分で驚いて、目を瞬せた。それから、ひっくと一つしゃくりあげて、アクアマリンは声をあげて泣き出した。




 キラキラと陽光に湖が反射した。


 十数年ぶりに満たされた湖に、町の人々の歓声が上がるのが聞こえた。


 それを、どこか遠くで聞きながら、ミーシャはアクアマリンの冷たい体を撫で続けた。




***




 ーーーーー水が欲しいと、乞われたのだ。




 世界を浸す程の水が欲しいと。

 その水があれば、そうすれば、多くの命を救えるからと。

 だからどうか、一緒にいてほしいと。



 それが最初の約束だった。

 それが最後の約束だった。



 だから消え行く意識の中で、崩れ行く体に鞭を打ち。

 水が欲しいと言った、大好きな魔法使いのために。

 水を求め続けた。


 でも本当の理由は別にあった気がすると、ぼんやりとした意識の中で、いつも思っていた。


 誰かに会いたかった気がすると。

 だからこんな場所にいて、来ない誰かを待っているのだ。


 でも、それが誰なのか思い出せなくて、だからそれは、きっと一番大好きな魔法使いのことなのだと思っていた。




 (でも、そうじゃなかったんだなぁ。)


 目の前で自分を慰める、小さな少女をアクアマリンは見詰めた。


 青い瞳、金色の髪。

 見れば見るほどそっくりで、どうして忘れていたのだろうと不思議になる。




 アクアマリンはずっとここで、ミーシャが来るのを待っていたのだ。

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