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京野うん子短編集

ゴリラがうんこを投げる理由

作者: 京野うん子

 学校が終わると私は決まって動物園に寄る。すっかり顔馴染みになった飼育員さんへの挨拶もそこそこに、ゴリラ獣舎へ一直線。今日も屋外の運動場で彼は吊られたタイヤに腰を下ろしていた。

 柵に飛び乗る様に体を預けて彼の名前を呼んだ。


「西さん! 来たよ~!」


『なんやキョウコちゃんか。いつも暇なんやな』


「とか言って嬉しいんでしょ? ピチピチの女子高生が会いに来たんだから……うわっ! ちょっと! うんこ投げないでよ!」


 無言でうんこを投げつけてきた。

 300キロを超える背筋力からぶん投げられるうんこの勢いは凄まじかったが、もう慣れっこだ。首だけを動かしてヒョイッと避けた。


『調子乗ってるからや。ほんと元気だけが取り柄やな。別にワイは嬉しくなんかないで』


 何故かはわからないけど、私はニシローランドゴリラの西さんの言葉がわかる。他の動物とは話せない。話せるのは西さんとだけ。彼とはもう3年以上の付き合いで、今では何でも話せる大切な友人だ。


「素直じゃないなあ。まあいいや、今日も愚痴聞いてよ」


『しゃーないな。また男の子にちょっかいでも出されたんかいな。ええで。聞いたろうやないか』


「そうなの! 将生(まさき)がまたイジワルしてきて!」


 最近、同じクラスの将生が私にちょっかいを出してくるのだ。今日なんて私が座ろうとしたらタイミング良く椅子を引かれてお尻を床に打ち付けてしまった。プリンプリンな私のお尻だったから怪我はしなかったものの、イタズラは段々エスカレートしてきて本当にウザい。放課後は西さんに将生の愚痴を聞いてもらうのが日課になっていた。


『ハッキリと嫌や、迷惑やって言わなアカンで。そういうのはガツンと言ったればいいんや』


「う、拒絶はしたくないっていうか……」


 私は将生の事が好きだった。半年前、うちのお祖母ちゃんが散歩中に具合が悪くなった時、将生がおぶって家まで送ってくれた。それだけじゃない、皆が嫌がるクラスの仕事も率先してやってくれたり、優しい人なんだ。それにイケメンで背も高い。


『別に拒絶しろ言うてる訳やない。不当な扱いには抗議せな。ま、言うても好きな男には強く言えんか』


「べべべ、別に好きなんかじゃない!」


 本当、素直じゃないなあ私。


『キョウコちゃん顔真っ赤やで』


「うるさい! このゴリラゴリラゴリラ!」


『は? 学名で呼ぶな言うたやろ!』


 西さんは学名で呼ばれるのを嫌う。確かにゴリラゴリラゴリラは酷い。何故連呼するのか。


「大体さ、なんで外国ゴリラが関西弁なのよ」


 西さんはオランダ生まれだ。15年前にこの動物園にやって来たらしいが、とても流暢な関西弁を使う。


『それはアレや。日本語はあしたのジョーで覚えたからや。名前もそこから取ったんやで』


「まさかのマンモス西? ジョーとか力石でいいじゃん!」


 てっきりニシローランドゴリラだから西さんだと思っていた。よりにもよって何でマンモスなのよ。


『マンモスのどうしようもないダメっぷりがええんやろが。減量中ジムを抜け出してうどん食いに行くんやけどな、ジョーに見つかってボコボコにされるんや。かっこエエわ』


 本当に変なゴリラ。ふてぶてしくて、口が悪くて、優しい。そんな西さんが私は大好きだった。



 ◇◆



「西さん来たよ」


 その日、私は落ち込んでた。


『おうキョウコちゃん。どないしたんや、元気ないな』


 覇気のない私の声にすぐ気付いて心配してくれる。いつだって、西さんは優しい。

 

「将生が私の事ブスだって」


 さすがに堪えた。そりゃあ私は可愛くないかもしれない。でも、ブスは酷い。


『そんな事ないで。キョウコちゃんは赤木キャプテンぐらい可愛いで』


「完全にゴリラじゃん! もう、本気で落ち込んでるんだから冗談やめてよぉ」


 ゴリラ基準で言えば赤木キャプテンは可愛いのかもしれないけど。


『……教えたろか?』


「え?」


『何で将生君がイジワルするか、教えたろか?」


「な、何で?」


『ゴリラがうんこ投げるのと同じ理由や』


 また冗談かと思ったけど、西さんの目は真剣でそんな風には見えなかった。


「どういう事?」


『自分で調べえ。子供電話相談室に聞けば教えてくれるやろ』


「あれは夏休み限定だよ!」


 しばらく食い下がったけど、うんこを投げる理由は教えてくれなかった。



 ◇


 

 西さんと別れてトボトボと駅へ歩いた。ゴリラがうんこ投げる理由なんてただのイタズラ以外に何があるのよ。


「将生も西さんもキライ……あれ、雨?」


 追い打ちを掛けるようににわか雨が降ってきて、すぐに強くなって私の肩を強く叩いた。慌てて軒下に避難する。


「もう、天気予報の嘘つき」


 止むまで雨宿りしよう、そう思って時間を潰していたらやがて傘を差した将生が歩いてきて、私の前で止まった。


「お、キョウコじゃん。傘ないのか? しょうがねえ、ブスと相合い傘なんて不本意だけど入れてやるよ」


 心ない言葉にどうしようもなく泣けてきた。涙が雨の様にボトボトと落ちる。


「酷いよ、何でそんな事言うの? 私みたいなブスは濡れて帰るからいいよ」


 走って帰ろうと軒下から飛び出た私の手を、将生が掴んだ。

 

「待って!」


「何よ!」


「ご、ごめん! そんなつもりじゃなかった。一緒に帰ろう」


 私の方に傘を向けて、将生の背中はビショビショになる。


「そんなつもりじゃないって、じゃあ何でイジワルばっかりするのよ」


「俺の方を見て欲しくて、ついあんな事をしちゃったんだ。本当は普通に話したかった。本当はデートに誘いたかった」


「デー、ト?」


「俺はキョウコが好きだ」


 突然の告白にしばらく放心しちゃったけど、我に返った私は返事の代わりに濡れない様に肩と肩をくっつけた。

 私を家まで送っていく途中、将生は何度も何度もイジワルしたことを謝ってくれた。



 ◇◆



『そうか。じゃあ将生君と付き合う事になったんやな。おめでとう』


「ありがと。今度連れてくるね」


 将生にも西さんを会わせたい。将生はきっと話す事は出来ないけど、私の大切な友達を、大切な彼氏に紹介したい。


『連れてこんでええよ。ちゅーか、もうキョウコちゃんも来んでええよ。こんなゴリラゴリラゴリラと話してもしょうがないやろ』


 ゴリラの表情ははっきり言ってわからない。だけど、西さんの気持ちならわかる。寂しい、寂しいって言ってる様に見えた。


「そんな事ない! だって、私が明るくなったのは西さんのおかげだもん!」


『もうええって。こんなゴリラより彼氏との時間を大切にしい。ほな、さいなら』


 そう言って西さんは獣舎に引っ込んで出てこなかった。



 ◇



 3年前、中学生の時の事だ。

 両親が離婚するしないの大喧嘩をしていて、家に居場所が無くて一人で動物園に来た。

 ベンチに座って泣きべそかいてたら、突然うんこがベチャッと頬に当たって、飛んできた方を見たら西さんがいたんだ。


『なんや嬢ちゃん。頬っぺたにうんこ付いてるで』


 その言葉に私は久し振りに声を出して笑った。



 ◇◆



「西さ~ん! 来たよ~!」


『もう来るな言うたやろ。ん、彼氏か?』


「初めまして。加藤将生です。キョウコがお世話になってます」


 私と手を繋いだまま、将生は西さんに深くお辞儀した。

 変な子だと思われるのを承知で西さんと話が出来ることを将生にも伝えた。驚いてたけど、彼は信じてくれた。


『ふん、噂通りのイケメンやないか。ワイはな、綺麗なモノ見ると汚したくなるんや』


 将生を一瞥すると西さんはブンッと腕を振り抜く。

 ベチャッと嫌な音がして、イケメンの顔がうんこ(まみ)れになった。


「ちょっと西さん! 私の彼氏に何するのよ!」


『イケメンは霊長類の敵やからな』


 ふてぶてしく答えるけど、私は知ってるんだ。あれから調べたの。

 ゴリラがうんこを投げる理由。


「愛情表現、なんだよね? ゴリラゴリラゴリラの」


 構って欲しくて、自分を見て欲しくて、ゴリラはうんこを投げるんだって。


『だから学名で呼ぶな言うとるやろ』


 ほんと、人間もゴリラも素直じゃないんだから。



 

 おしまい。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでたら感情移入しちゃって、目から少しうんこ流れました。大変切なくあたたかく面白かったです。
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