路地裏の…
「し、しずかにしてッ!」
「ん゛ーッ!?ん゛むゥーーッ!!?」
太陽の光が遮られ、薄暗い路地裏にある自販機の影に2人はいた。
自分の家から大きく離れたその場所は、人通りが少ないと言うよりもその2人以外の気配を一切感じさせない。
普通の子供であれば、こんな不気味な所には近づこうとすら思わないであろう所に2人はいた。
こんな所まで朱莉を連れ込んだ張本人である星空は、朱莉の身体を背後から抱き込むようにして抑え込み、空いたもう片方の手で朱莉の小さな口を塞いでいた。
本来静寂である筈のその場所に、衣擦れの音や少女のくぐもった声が響く。
抵抗する朱莉に静かにする様にと言い聞かせながらも、彼女を押さえつける力を強くする。
はぁはぁと荒い息を吐きながら、自分の身体を密着させ、ゴクリと音を立てながら星空は生唾を飲み込んだ。
バクバクと高鳴る心臓の鼓動も段々と早くなり、夏でも無い涼しい時期なのにも関わらず、火照った身体の体温は冷めるどころか顔まで赤く染めていく。
「ん゛ッ!?ん゛ん゛ーッ!!」
「だ、大丈夫だよ。直ぐに終わるから!」
星空は朱莉の耳元でそう囁きながら、暴れる朱莉を必死に押さえつける。
初めは抵抗していた朱莉も次第に、抵抗を止めて大人しくなる。
汗で濡れた薄い服が朱莉の服を汚してしまい、その事に申し訳なく思いつつも星空はゆっくりと身体を押さえ込む腕を動かそうとして―――
「どこに行ったのおぉぉッ!?良い子だからでてきなさぁぁい!」
ビクつかせた朱莉の身体を、再び抱き込んだ。
突然聞こえてきたその声に星空は自身の身体を強張らさせる。
その声は、段々と星空達の方に近づいていた。
(この声、さ、さっきの人だ!)
家の前で朱莉と話していた時に、突然現れた黒髪の女性。
歳は美月よりも一回りほどとっているように見えた。
その人はいきなり星空達に襲ってきたのだ。
正気の宿っていない濁った目でに追い回してくるその人から、星空は朱莉の手を引いて一心不乱に逃げ出した。
持っていたハンカチを投げつけることで上手く視界を奪うことが出来て、一事は逃げる事が出来たものの、追いつかれてしまったらしい。
「ぼくぅぅ!?今ならお菓子もあげるわよぉぉ!!」
静かな空間にその女の声が響き渡る。
その声には狂気の様なものが感じられ、星空は自分の身体を震え上がらせる。
情けないと思いながらも、星空は身体震える自分の身体を誤魔化そうと腕の中にあるモノをおもいっきり抱きしめる。
息を殺そうとするが、荒い息を抑えることが出来ない。
(どうしようッ!?ば、ばれちゃう!!)
星空は目の前の布に顔をうずめた。
無理矢理声を抑える為に、口元を布に押し当てるもフーッフーッと微かに息が漏れてしまう。
息を吐くたびに腕の中のモノが暴れるので更に力を込めて押さえつける。
自分の唾液で汚してしまうなんて事も考えずにその布を噛み締めた。
「ん゛ん゛ーーーーッ゛!?」
耳に入るくぐもった声なんて気にならない程の恐怖。
星空は心の中でお願いします、お願いしますとその言葉だけをずっと祈った。
(だれかたすけてくださいおねがいします、はやくいなくなってくださいおねがいします、ゆるしてくださいおねがいします!)
そうやって祈ってから数分か、数時間か、どれぐらい時間がたったのだろうか?
気がつけばさっきの人の声は聞こえなくなっていて、辺りには静寂が戻っていた。
「…た、たすかった?」
見つからなかった事に安堵して全身を脱力感に襲われる。
ふぅっと大きく息を吐いてから、抱えていたモノから腕を離す。
支えていた力がなくなった事でその抱えていたモノ、朱莉はその場に崩れ落ちた。
「あっ!あ、あかりちゃん!?」
「…んんっ、えへへ……」
さっきまで抱き抱えていたモノが朱莉であった事を思い出して、星空は朱莉に声を掛ける。
腕の中にいた朱莉は気を失ってしまっていたらしく、何度呼びかけても起きる気配は無かったが、あんな事があったのにも関わらず良い夢でも見ているのか、幸せそうな顔を浮かべている。
それを不思議に思いながらも、朱莉の安全を確認した星空は、安心から再び大きく息を吐いた。
(もう、でてもだいじょうぶかな?)
意識が無くなった朱莉を一度壁にもたれかからせる形で寝かしてから安全を確認しようと自販機の影から顔を出して周りを見渡した―――
「みいぃぃぃつけたッ!!」
「ひっ…!」
ーー瞬間にあの女が現れた。
自販機の前で待ち伏せしていたのか、いきなり現れた女は狂気を感じさせる笑みを浮かべて、不気味なその目を限界まで見開いていた。
星空はあまりの恐怖で叫ぶことすら忘れてしまい、小さな悲鳴をもらす。
一歩、また一歩と女がにじみよる度に、星空も背後に下がっていくが壁に追い詰められ、遂には逃げ場をなくしてしまう。
「もう、逃がさないわよぉぉ!!」
「あ…あぁ……」
完全に逃げ場を無くしてしまい、星空は絶望した。
何故、自分が襲われているのか?これから何をされるのか?何一つ分からないが、これから起きる事はろくな事では無いであろう事は理解できた。
恐怖のせいか声がでない。
それでも星空は、かすれた声を絞り出した。
「だ、誰か…助けて…」
「アハハハッ!!イヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」
その小さな声は狂気じみた笑い声に塗りつぶされた。