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外の光




「いってきます!お母さん、すぐ帰ってくるからいい子にしててね!」


「……うん、いってらっしゃい。」


笑顔を浮かべながらも、慌ただしい様子で買い物に出かけた母、夢魔(むま)美月(みづき)夢魔(むま)星空(かなた)は笑顔で見送った。


扉が思い音をたてて閉まると、外からの光が遮断され玄関は幾分か暗くなる。

それと同時に、先ほどまで笑顔だった星空の表情も暗くなる。


星空は早々に階段を登って部屋に戻り、美月に与えて貰った算数のドリルを開いた。

自分の学力に見合わない低レベルの算数ドリルを見て小さくため息を吐きながらも星空はドリルの問題を解いていく。


夢魔星空は退屈していた。


無駄に広い1人部屋を与えられ、年齢のせいか幾らねだっても今のものよりも難しいドリルを貰えないから、渋々分かりきった問題を解き直す。

これが終わったら何をしようか?なんて考えている内に残り少ないドリルも全て解き終えてしまった。


「つまらない」


そうボヤいた星空が閉じたドリルの表紙には小学6年生と書かれていた。

そのドリルの内容は決して5歳児である星空が解けるような問題ではない。


最初は簡単な文字を教えようとしていた美月だったが、星空が最初から読み書きがある程度出来る事を知ってからは、星空の事を天才だと褒めちぎり、それが嬉しくて幼いながらも勉強に自ら進んで取り組んだ。

そんな生活が続いて気がつけば、小学生のドリルですら簡単に解ける様になった。


普通の5歳児、他の子供達に比べ星空は聡明だったが、星空自身はその事を知らない。

それは星空がある理由から他の子供に会ったことがないからだ。


星空はふと窓の方に目を向ける。

雲一つない青空を自由に飛びまわる鳥達を見て、羨ましく思ってしまう。


生まれてからこの方、星空は外に出た事がなかった。

これが星空が他の子供達を知らない理由でもある。


星空の母である美月は決して星空を嫌っている訳ではない。

最近、腰が痛いって言っている星空のおばあちゃん、夜空の看病をしながらも毎日、美味しいご飯を作ってくれるし、風邪で星空が寝込んでしまった時なんかは1日中つきっきりで星空を看病していた事もある。


美月から与えられる愛情が分からない星空では無かったので星空自身も美月を嫌う事はなかった。


だが、美月は決して星空を外に出そうとはしなかった。

星空にも外に出してもらえない理由は分からない。

ただ、外に出てはいけないと昔から教えられ、窓を開ける事すら禁じられていた。


テレビ・一部の本なんかにも外の情報が載っているからとかなんとかでそれらを見る事も許されなかった。


だから、決して触らないようにと言われているテレビが何かを映している所を見た事もないし、本だって美月が選抜したものだけを与えられた。


家の中には数少ない娯楽と、勉強のドリルしかない。

4歳下の可愛い妹である輝夜が生まれてからは、笑っていられる時間も増えたが、それでも外の世界への興味は尽きない。


それどころか、輝夜は美月に連れられ外に出ることはあるのに、自分だけが外に出る事を禁じられてより、不満と、外に行きたいという欲求は高まった。


人間、ダメと言われ続けるとそれに反抗してみたくなる生き物で星空も一度外に出ようとした事がある。

だが、玄関の扉に手をかけた瞬間に美月に感づかれそれが叶うことは無かった。


初めて見る本気で怒った美月に、声を上げて泣いてしまったのは仕方のない事だと思う。

星空が泣いた瞬間に逆に取り乱してしまった美月の姿は今でも鮮明に覚えている。


何故か怒ったはずの美月が酷く取り乱し、何かに怯えた様にしていたのは星空にとって謎であったが、それ以来星空が外に出ようとする事はなかった。


まぁ、そんな事もあり星空は生まれてから外に出る事を許されなかった。


美月はあの日から、いやそれ以前から此方の機嫌を伺う様に星空を見ていた。

美月がこんなにも無愛想な自分にすら優しく接してくれるし、大切に思ってくれているのは分かる。

だから嫌う事はないが、それでも心の底から好きになる事が出来なかった。


そんな美月に対してどこか距離を感じてしまい、いつからか、星空が浮かべる笑顔は取り繕ったような作り物の笑顔になっていた。


そして、星空が知ることが出来る唯一の外の情報は窓から見える住宅街の景色だけだった。


似た様な建物が並んでいて、美月と同じぐらいかそれ以上の歳の人達が通っているのを偶に見かけるが、窓を開ける事すら禁じられている星空は遠巻きにそれを眺めているだけだった。


ーーなんで、ボクは外に出たらダメなんだろう…


いっそ、鳥に生まれてくれば自由だったのだろうか?

飛んでいる鳥達を見ながら、そんな考えが浮かぶ。


あの空1つをとっても、色んな顔がある。

雲一つない、どこまでも青い晴天の日もあれば、雲に覆われて光が差さない日もある。


窓を叩く程に酷い雨の日や、それとは逆にゆっくり、ふわふわと落ちていく白い雪の日。


直視できない程に眩い太陽の光や、真っ暗な中でぽつぽつと光る夜の星、その中でも一層輝く月の光。


上を見上げるだけでこんなにも色んな景色があるのだから、外に出ればもっと色んな景色が見られるのだろう。


そんな事を考えても、何も変わらないと言うのに星空はただ、する事も無くただただ空を眺めていた。




「にいなちゃんッ!どこぉーッ!?」



ぼーっと空を眺めている星空の耳に突然、外から女の子の声が聞こえて来た。


美月の様な大人の声では無く、子供特有の幼さの残った声。

それが気になって窓から外を覗き込むと女の子がいた。

淡いの青の服に身を包み、黄色い帽子をかぶった可愛らしい女の子。

それは、星空が見る初めての同年代の子供だった。



いつもならドリルを解いて気を紛らわし、外への興味を逸らしていた。

美月の言い付けを破る事も出来ず外が気になった時は勉強する事で気を紛らわしていた。


だが、今日に限ってドリルを全て解き終えてしまった星空はその女の子の事がどうしても気になってしまう。



「あ、あの!!」


「え…?男の子ッ!?」



気が付いたら星空は二階の窓から身を乗り出し、無意識に声を掛けてしまっていた。

声をかけられた事で星空に気が付いた女の子は驚愕した様に目を見開いていた。


だが、それ以上会話が続くことはなかった。

声を掛けたものの初めての家族以外の人と話したことのないせいで何を話したらいいか分からなくなった星空と、何故か目を見開いたまま固まってしまった女の子。

暫くお互いを凝視しあったまま沈黙し、時間だけが過ぎていく。



「あの…そっちに、いってもいい?」


「え、あ…うん。」



5分か10分か、どれぐらいたったか分からないが先に切り出したのは星空だった。


美月からの言いつけなんて忘れて、気がつけばそんな事を口にしていた。


女の子の溢した小さな返事はを聞き取った星空は自分の部屋をでて階段を降りる。

その顔には、自然と笑みが浮かんでいた。

しかし、初めての同年代の子との出会いにドキドキしている星空はその事にすら気付かない。


そして、妹の世話をしていて、その事に手一杯だった夜空も、星空が外に出ようとしている事に気がつかないでいた。


玄関まで来た星空は5歳児には大きすぎる扉の前まで来て、ふと足を止めた。


ここまで来て、美月の顔が脳裏によぎる。

前に、初めて怒った美月は5歳児の星空にトラウマを与えるには十分だった。


身体が震え、涙が出そうになる。

しかし、それ以上に星空の記憶に鮮明に残っていたのは、窓から見る外の景色だった。

毎日、美月を見送る度に扉の向こうから差す、外の光だった。


外に行きたいという思い、外の世界への憧れが星空を駆り立てた。



「……ごめんなさい」



星空は今、此処にいない美月に小さな声で謝罪して、ドアノブに手をかけた。

気がつけば震えは止まっていた。


刻まれたトラウマよりも、外に行きたいという欲求が勝り、泣きそうになっていた顔からは涙は消えていた。


初めていく未知の世界、ずっと憧れていた外の世界に踏み出す事に興奮しながら星空は重い扉をゆっくりと開くと、その小さな身体は眩い光に包まれた。




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