シスター、憧れの騎士様
大講堂は、学園の北側中央部に位置している。そこから東西に伸びる白い校舎は、まるで白鳥の両翼である。
その大講堂に設置された椅子に座り、制服に着替えた私はまたしても落ち着かなかった。新入生が入場するまであと少し。ヘレンの晴れ舞台を、この目でしかと見届けなければ。
ヘレンなら制服を可愛く着こなしてしまうだろう。髪型は? 緊張しているだろうか。
恥ずかしがり屋で頑張り屋な妹のことを思い出す度、自然と笑みが広がる。
「随分と楽しそうだな、ソフィー」
声をかけられた瞬間、とくりと鼓動が高鳴る。慌てて立ち上がろうとすると、彼はそれを手で制して私の隣の椅子に座った。
「おはようございます、ロルフ様。今年度もどうぞよしなに」
「ああ、また同じクラスだしな」
この格好いいお方は、ロルフ・ウォード公爵家子息。きりりとした眉に意思の強そうな漆黒の瞳、同じく漆黒の短髪に、逞しい体つき。彼は王国騎士団第一部隊の一員であり、その中でも最年少の精鋭である。確か、王妃様の妹君がお母様なんだとか。
「まあ、そうだったのですね。私には有り余る幸運ですわ」
ロルフ様は怖いと誤解されがちだが、本当は誠実でお優しく、強いお方なのだ。何を隠そう、私はこの方に憧れ続けてはや二年も経つ。
「今日は橙色の髪結をつけているのだな」
じんわりと、胸に暖かいものが広がっていく。いつも、ロルフ様は細かいことに気づいてくださる。
「ええ、今日入学する妹がくれたものです」
ロルフ様がもう一度リボンに目をやった時、大講堂の鐘が鳴った。新入生入場の合図だ。
「始まりましたね。あっ! ヘレンが先頭を歩いています!」
あくまでも小声で、興奮をロルフ様に伝える。久々に目にしたヘレンは、やはり美しく可愛らしかった。シンプルな制服に身を包んだ彼女は、それだけでも魅力を放っている。さらに美しい髪は細かく編み込まれ、こめかみに桃色の花のブローチがとめられていた。
あの泣き虫で恥ずかしがり屋なヘレンが、堂々と新入生を率いている。そして、先頭にいるということは、新入生代表ということ。それすなわち、入学試験でトップだったということだ。
「すごい、ヘレン……」
やはり、彼女ほど美しく可愛らしく、かつ聡明な女性はいない。少なくとも、新入生の中では一番輝いていた。もちろん、姉馬鹿であることは承知済みだが。
「ヘレン・フォーサイス……」
隣に座っていたロルフ様がそう小さく呟いたのを、私は聞き逃さなかった。
「ヘレン!」
「お姉様ぁ!」
式が終わって、すぐさまヘレンの元へ向かう。ロルフ様も気になるのか、私の後を着いてきた。
「新入生代表のスピーチ、素晴らしかった! ヘレンはすごいわ!」
興奮をそのままに、彼女の小さく華奢な手のひらを握る。私より背の小さい彼女は、撫でやすい。柔らかな髪をすき、ついには抱きしめた。
「お姉様にそう言っていただけるなんて……。ヘレン、緊張したけど頑張ってよかったです」
瞳をわずかに潤ませ、上目遣いでこちらを見る。私の口元はだらしなく緩んだ。
「そうだわ。こちら、ウォード公爵家のご子息、ロルフ・ウォード様」
後ろで姉妹のやり取りをじっと見ていた彼を、手のひらで指し示す。ヘレンとロルフ様を見比べると、その身長差は凄まじい。
「ヘレン・フォーサイスです」
私に向かっていた上目遣いが、ロルフ様に向かう。これに耐えられる殿方はいなくてよ!
私が鼻息荒くロルフ様を見やると、彼は無表情のまま名を告げていた。
あれ、と首を傾げる。興味がありそうだったし、ここまで着いてきたくらいだから、てっきり喜ぶだろうと思ったのに。
私が何度も二人を見比べていると、ふとロルフ様と目が合う。その瞬間、彼が微笑んだ気がした。不思議に思っていると、くい、と裾が引っ張られる。
「お姉様ぁ、そのおリボン、ヘレンが贈ったものですかぁ?」
ヘレンの表情がぱっと明るくなる。私は軽くリボンに触れた。
「そうなの。すっごく嬉しかったんだから」
「えへへ。とってもお似合いです」
その微笑みの可愛らしさにやられていると、前方からずかずかと乱暴な足音が聞こえてきた。
「おい! ソフィー・フォーサイス!」
慌てて姿勢を正し、頭を垂れる。同じように、ロルフ様とヘレン、周りにいた生徒達が礼をとった。
彼はリック・ド・セレンス。このセレンス王国の第二王子である。




