94.5 地震 雷 火事 文化祭
「はぁ、なんで俺が・・・」
そうつぶやきながら俺は残暑厳しい太陽の下せっせと自転車を漕いでいた。
こんなはめになったのは数分前の出来事が原因である。
「あ、牛乳きれてるじゃない。・・・ねぇ、あんたたち暇でしょ?」
母のその一言で居間でくつろいでいた俺と綾は全てを察し戦闘態勢に入った。
「一発勝負でいいよね」
「ああ」
「いくよ、じゃーんけーん」
そして今俺は自転車を漕いでいるわけだ。
しかし今日は特に運がなかった。
ただ負けただけならまだしも、
「そうそう、チラシ入ってたからついでにこれとこれもお願い。」
「げ、随分遠い店だな。」
「安いのよ。はいお金。」
「はぁ・・・」
とまぁこんな感じでわざわざ遠くの店におつかいを頼まれたから全くついていない。
「いっひっひ、いってらっしゃーい」
「うるせえ」
妹の温かいお見送りがあったのも非常に腹立たしい。
まぁ家から出てしまったものは仕方ない。さっさと済ませてしまおう。
俺はけだるい気持ちを振り払うように漕いでいたペダルをしっかり踏み直した。
・・・しかし、やはりどうも神様は俺が外出するのをお気に召さないようだ。
「えーっと、茄子ときゅうりと・・・」
目的地のスーパーでメモに書かれた野菜を品定めしているその時、
「ああーっ!」
「あ」
振り返るとまたしても数少ない高校の知り合いがそこに立っていたのだった。
「どうしてまさくんがここにいるのー?」
佐々木が驚くのも無理はない。この店は俺の家からはそれなりに離れている。俺の家の所在を知っている佐々木が驚くのも無理はない。
「いや、なんかおつかい頼まれちゃって」
そう言って手に持っているメモを振る。
「なんでわざわざこのお店なの?」
「親が安いからここに行けって・・・」
「あはは、わたしといっしょか。」
「もしかしてお前が住んでるのってこの辺なのか?」
「うん、ここから結構近いね。」
「そ、そうか・・・」
そうか。まぁそれはどうでもいい。それよりもなんだその挑戦的な格好は。そのホットパンツにどうしても目が行ってしまうではないか。
「えへへ、なんだかまさくんとふたりで喋るの久しぶりだね」
そんな俺をよそに佐々木は話を続ける。
「まぁ、そうだな。」
「なーんかまさくん最近いっつも女の子に囲まれてるよね。」
「え、ええ?そうか?」
てか似たようなこと最近誰かにも言われたような。
「そうだよ!・・・いや初めからそうだったかな。」
「え?」
「ううんなんでもない。それより夏休みの宿題終わった?」
「うっ。」
「なに『うっ』って。まさか全然やってないの?」
「いやいや、いくら俺でも流石にそこまでバカじゃない。」
「もう来週から学校始まるんだよ。」
「はぁ・・・そうなんだよな・・・・」
お魚コーナーを歩く俺はその言葉で一気に憂鬱になる。
「なんで?いいじゃん文化祭だよ?」
「はぁ・・・・・・」
「なにそのより嫌なんですけどみたいなため息」
「おお、よくわかってんじゃん」
「明後日から準備始まるっていうのに・・・」
「え」
え。なにそれ。
ああなんかそんなこと夏休み始まる前に誰かが言ってたような。
確か夏休み最終週に集まるとか何とか。
そのときは脳が理解することを拒否していたから意味がよくわからなかったが、ああ・・・そういうことだったのか。
「はぁ・・・・・・・・・。」
「まーさーくーん。またそうやって・・・。何事も楽しまなきゃ」
おお怖い。俺にはない陽の光に俺の魂は黒焦げになりそうだ。
「いや、だって面白いか?低クオリティの出し物を楽しまなきゃいけないみたいな圧力のなか変な劇とか観賞しなきゃならんのだぞ。」
「またそうやってひねくれて・・・」
いや別にひねくれてるわけじゃない。ただどう考えても今の御時世、文化祭より楽しいもので溢れてるじゃないか。
「逆に聞くがなにが楽しいんだ?」
「そりゃあ・・・いつもと違う雰囲気とかじゃない?」
「生憎昔から空気が読めないねと言われ続けている俺にはその雰囲気を感じ取るセンサーはないんだ。」
「もーまた合宿の時みたいなこと言い出して・・・」
「いや、悪い。お前に言ってもしょうがないな。」
タイプが会わない人にこういう話をしても煙たがられるだけだということは経験上知っている。多分こういう話が通じるのは北本だけだ。
「・・・まさくん、なにかに本気になったことないでしょ?」
「え?」
日付を確認しながら牛乳を選んでいると突然佐々木がそんなことを言い出す。
「本気になってみないと、なんにも面白くないよ。」
「・・・。」
「試しに今度の文化祭なにか本気でやってみたら?きっと何かが変わると思うよ。」
「・・・機会があったらな。」
「もーー」
「牛か」
「わたしも牛乳買わなくちゃ。」
本気、ねぇ。俺はこれまで生きてきて何か本気になったことがあっただろか。
「じゃあまたね」
「なんか登校しないといけない日あるんだよな、いつだっけ。」
「明々後日だよ。・・・知らなかったの?」
「いや、まさか。確認だよ。」
実はそのまさかである。
「じゃあね。」
「ああ」
俺は思ったよりも夏休みの終焉が差し迫っている現実に震えながら帰路についたのだった。




