92. 最弱のふたり
「・・・・・・はぁ」
久々の白川の声はため息だった。
「もう、ほんとう、なんでそういうところだけ鋭いんですかねあなたは・・・」
「さぁなんでだろうな。」
俺はそう嘯く。
「世界を穿った見方でしか見れない呪いのせいかな。」
「それなら私がお弁当を隠した理由もわかっているんでしょ?」
「まぁなんとなくは、な。」
普通の人ならやらないだろうが、こいつなら十分しうる理由がある。
今日起こったイレギュラーは何かと聞けば誰もが北本の弁当だと言うだろう。
おそらく北本は料理のことは佐々木としか相談しなかったのだろう。そのきっかけは俺にはわからないが、北本が弁当を出す時佐々木は明らかにその弁当の存在を知っている口ぶりだった。
だがそれ以外の人は知らなかったように見えた。そして不幸にもそこに白川も含まれていた。
浮き輪を取り出すのに手こずる容積ということと北本の発言を受けて存在を隠したということを考えると一人分というわけではないのだろう。
ではそんな弁当をあの場面で出したらどうなるだろう。
しかも相手は料理初心者の北本だ。
どれだけ北本の料理が初心者としてはよくできていたとしても、そこに白川の弁当という明確な比較対象が登場したら、さすがに北本の弁当は敵わないだろう。
その上あの時点ですら十分な量があったのに、そこにさらに白川の弁当を出したら果たして食べ切れたか。
どちらにせよ、あの場面で白川の弁当はあまり歓迎されたものではないのは確かだ。
・・・と、今なら言える。それも白川の行動の理由付けという後出しならば。
あの場面のあの瞬間に、おそらく早朝からみんなのために作った弁当があるという状態でここまで考え、あまつさえ実際に実行できる人はどれだけいるだろうか。
普通の人間なら「わたしも作ってきたんだよね~」と言いながら出しそうなものである。
ただ俺は一人だけそれをしてもおかしくない人物を知っている。いや、その一人なら絶対に自分の弁当を隠し通す。
「なら、なんでわざわざ言いに来たんですか?みんなに嘘までついて。」
「それは・・・。」
そう、まさにそれが俺を最も悩ませたことなのだ。
この事実(さっきまでは仮説だったもの)が事実だろうが間違いであろうが、それはどうでもいいのだ。別に俺は白川に自分の推理を披露するためここまで来たわけじゃない。
なんなら白川はこうとすら考えているかもしれない。
『なんとしてもこの弁当の存在をみんなに知られないようにしなければ』
だから俺は悩んだ。
この仮説があっていようが間違っていようが俺の心のうちで収めておくべきなのではないかと。そのほうが白川の意を汲んでいるではないかと。
しかしそうはしなかった。
「だってお前の弁当はそこにあるんだから。俺達のために作ってくれた弁当があるんだから。それをなかったことにはしたくない。」
北本だって佐々木だって、みんなに食べてもらって嬉しそうだった。母さんだって俺に嬉々としておにぎりを作っていた。
俺は料理をしたことはない。
でも予想はできる。
きっと料理をしてくれる人は誰かに食べてもらって喜んでもらえることを望んでいるのだろうと。
確かにこの仮説を俺の心のうちに隠し、墓場まで持っていけば一見みんなの望みどおりになっているように見える。
だがそれは決定的なものを見逃している。
ここには確かに白川の弁当が存在しているのだ。
多少白川に反感を買っても本当に白川の心を満たすためには、やはり伝えるほうが正解だという結論に至ったのだ。
いや、正確には伝えるだけではいけない。画竜点睛、これを怠ってはいけないのだ。
「お前の弁当、食べさせてくれないか?」
「え?」
さすがにこうくるとはさしもの白川も予想していなかったようだ。
しかし俺は確信している。
このまま白川が家に帰ってカバンを開けた時に手のつけられていない弁当を見たら間違いなく悲しい気持ちになると。
多少気持ち悪くても、多少恥ずかしくても、多少俺の柄じゃなく映っても、こうすることが今日の白川にとって、そして気付いてしまった俺の救いになると信じている。
「お前だってみんなに食べてほしいと思って作ってくれたんだろ?まぁ思い描いていた相手が俺じゃなかったら申し訳ないが。さすがにこればかりはみんなに言うわけにも行かなかったしな・・・」
ここでみんなに話したら元も子もない。それは白川の今日1日の努力をなかったことにしてしまう。
まぁ気付いたのが俺だったっていうのは運が悪かったと思ってもらうしかない。・・・なんか前もそんなこと言ったような。
「・・・どうだ、俺じゃだめか?」
ここで断られたら仕方ない。泣きながら帰ろう。
「ふふふ。ほんとに、斉藤くんは・・・」
白川はこちらを向き直る。
「ほんと、しょうがない人ですね。」
しかし言葉に反して白川は今日1番の屈託のない笑顔だった。




