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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第7章 その夏は未来を変えた
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90. Is there no harmony without sacrifice?


 白川に手を引かれ来たウォータースライダーだったが午後もしっかり混んでおり、さんざん待たされてようやく俺達の滑る番が来たのだった。

 「結構高いですね。」

 「ああ」

 「思ったより高いですね。」

 「ああ」

 「高いところって危ないですよね。」

 「ああ」

 「今いるところって高いですよね。」

 「ああ」

 「今いるところって、危ないですよね。」

 「もしかして白川・・・」

 「・・・・・・」

 横にいる白川はいつもよりずいぶん小さく感じられた。

 「おふたりで滑ることもできますよ。」

 隣の白川の現状をおおよそ察していた俺にとって、この係のお姉さんの提案は救いのように思えた。

 「・・・」

 「・・・」

 白川は俺の海パンの端をぎゅっと掴んでくる。こいつ自分で行こうって言い出したくせに・・・まぁいいけどさ。

 「いいのか、その、俺で。」

 俺の薄い知識ではこういった類のオプションはカップルがするものだと認識していた。

 「いえ、こちらこそごめんなさい・・・」

 「あんまり時間かけるのも悪いし行くぞ。」

 「はい。」

 「じゃあ行くぞ。」


 ・・・。

 ・・。

 ・。

 「大丈夫か。」

 「ええ」

 スライダーの出口にあるプールから速やかに脱出する。

 「もう二度とやらなくていいな。」

 「・・・。」

 「?」

 「・・・。」

 白川が少し不機嫌に見えたのは気のせいだろうか。






 そのあとは人の波しかない波のプールに一瞬入り、すぐに撤退した後結局流れるプールが一番楽しいということでグルグル何周も流されているうちに帰る時間になった。

 ・・・。

 「あ~帰るのだる~」

 「ねぇ~」

 「おふたりはこれから電車ですもんね。」

 「そうなんだよ・・・ここから1時間電車に乗るのは憂鬱だよ・・・」

 「その前にまずバスがあるけどな。」

 「ふたりはいいね。バス降りたらすぐ家だもんね。」

 「まぁな。だからお前らの分の荷物全部持ってるわけだし。」

 いや、家が遠くてもさすがに男一人だし俺が荷物持ったとは思うけどな。まあでもこう言ったほうがこいつらも気を使わなくていいだろう、多分。

 ・・。

 「でも今日はすごい楽しかった―ー」

 目の前で女子たちの会話が繰り広げられる。

 ・。

 しかし今の俺の頭は全く他のことに支配されていた。


 それはこの荷物だ。正確には『白川のカバン』だ。



 「バス来たよ~」

 そんな俺の思考をシャットアウトするかのようなタイミングで帰りのバスが到着した。


 プール内の混み具合を考えたら帰りもバスも大混みかと思いきや案外そうでもなかった。さすが車社会。てかそれは行きのバスでわかってたことか。

 「ふぅー座ったら寝ちゃいそうだわ・・・」

 そういうわけで難なく行きのバスと同様に後方の席を確保できた。さすがに飲み物を持っている人は少ないが。

 そして行きのバスと同じく俺の脳では色々なことが巡っていた。

 しかし考えていることは全く違っていた。

 行きは自分のこと、帰りは・・・白川のことだ。


 さっき全員分の荷物を受け取った。もちろん白川の分もだ。遠慮したがそれくらいはさせてくれと言ったら渡してくれた。

 その荷物が少し重く感じたからだろうか。それともそれ以前にも違和感があったからだろうか。

 その荷物を受け取った瞬間ある突拍子もない仮説が頭に浮かんだ。

 そして今冷静に今日1日を振り返るとその仮説はますます正しいもののように思えてくるのだ。

 俺は細かいことも思い出そうと試みる。その仮説の可能性を否定しうるものをなんとか思い出すために。


 ・・・。

 しかしどのこともその可能性を肯定する。

 なにより今俺の右にあるカバンがその仮説が事実だと声高に物語っているのだ。


 「ほらみなさん高校前に着きましたよ。起きてください。」

 白川の声で我に返る。

 そう言われてみれば後ろが静かになっていた。

 だがそのことにすら気づけなかった。それくらい今の俺は右手にあるカバンに意識が向いていた。

 「ではみなさん今日はお開きということで。」

 「チケットありがとうね、かおりん。」

 「こちらこそご飯ごちそうさまでした。」

 「じゃあまたね~」

 白川は一人みんなと逆の方向の自宅の方に歩き出した。


 「あ、俺、親にお使い頼まれてるから今日はこっちなんだ。」

 そういってみんなに別れを告げ白川の方に歩いていく。

 振り返りみんながいないことを確認してから白川に話しかける。もう5時だと言うのに信じられないほど暑いのはアスファルトのせいだろうか。


 「荷物持とうか?」

 「・・・もうそこですから。」

 少し間があった。これは遠慮の間だろうか。それとも・・・。

 「・・・最後まで言おうか悩んだんだが、やっぱり言おうと思ってこっちに来た。」

 「お使いではないんですか?」

 「嘘も方便ってやつだ。」

 俺は軽い口調で白状する。お使いなんて存在しない。


 「嘘は良くないですね。」

 最後の最後まで考える。これはあっているのだろうか。そもそも言うべきことなのだろうか。

 しかし、やはり確かめないわけにはいられない。

 だって、もしこれが真実でだったら、そしてこのまま今日1日が終わったら、その場合一人不幸のまま今日を終えることになってしまう。

 それは白川が最も恐れていることであったはずだ。

 俺は覚悟を決める。






 「・・・・・・お前も今日俺たちに嘘をついていたことがあるんじゃないか?」



 そのとき白川が少し悲しそうな嬉しそうななんとも形容し難い微笑を浮かべたように見えた。


 あたりでは夏の夕方を象徴するかのようにひぐらしが鳴いていた。

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