88. 平和な、とても平和な昼下がり。そう、それは優しさに満ちた昼下がり。
「少し早いですがお昼にしましょうか。」
現在11時半過ぎ。
集合時間通り刻が帰ってきて、少し早いが昼ご飯ということになった。
俺は母親お手製のおにぎりと飲み物を取り出す。なぜか母は俺が外出するのが嬉しかったらしく嬉々として大量のおにぎりを作ってくれた。ありがたいんだけど全部食えるかな。さすがに作ったのに食べないで帰るのは悪いし。まぁ余ったら帰りにでも食えばいいか。早めの昼だし多分帰ることには腹も減ってるだろう。
各々カバンに手を伸ばし弁当を取り出そうとしていた。
「ほらほら。」
「ええ・・・。
・・・・・・あの、みなさん!」
みんなが北本の方を向く。
「あのっ、実は私今日お弁当を作ってきまして・・・それで・・・
みなさんにも食べていただけたらと・・・」
「え~!やった~!」
「しずく料理できるんだ。」
自分たちの弁当を出そうとしていた女子たちはみな手を止め北本の方に詰め寄る。
そんな中俺はひとり驚いていた。
俺の記憶では北本は料理ができないと言っていた。
そう、あれは確か学習合宿のカレー作りの時だったと思う。
そうだ確かに言っていた。
だがそれは今現在の状況とは矛盾している。
・・・いや、矛盾はしていない。
北本は料理を学んだのだろう。
あんなに料理は苦手と言っていたのに。北本のこういうところは尊敬する。
決して自分に妥協しない。決して自分を甘やかさない。
自分を律し、努力を惜しまない。
口では簡単に言えるが実行できる人は多くないと思う。
「・・・」
北本と目があう。
「・・・」
何かを言わなきゃいけない雰囲気。しかし何を言えばいいのかわからない。俺が何を言っても安っぽく聞こえてしまう気がする。
「・・・ありがとう。」
だから俺はこれしか言えなかった。御託を並べれば並べるほど北本の努力を穢す気がしたから。
だから俺はこう言った。その料理に。その計り知れない努力に。
「斉藤くんのためだけに作ったわけじゃないですから。」
その北本の屈託のない笑顔に救われた気がした。
「すみません、私なにか買ってきますね。」
「かおりんご飯持ってきてないの?」
「・・・ええ、こっちに来てから買おうと思って。」
「それなら私のお弁当食べてください。味は保証できないかもしれませんが。」
「でも・・・」
「たくさん作ってきましたので。それにきっと売店は大混みだと思いますよ。」
「わたしも!おべんとうはんぶんこしよ!」
「あたしの分もよかったらあげるわよ。」
「俺もおにぎりならたくさんあるぞ。なんか母親がたくさん作ってくれたからな。」
「・・・そうですか?」
「そもそも今日ここに来れてるのもかおりんのおかげだしね。」
みんなうなずく。佐々木の言う通りだ。それくらいのお返しをしないとむしろ悪いと言うもんだ。
「・・・じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。」
白川はありがとうございます、と言いながらカバンをしっかり閉め、カバンと入れ替わるようにみんなのほうに座り直した。
「では今度こそ、いただきます!」
真ん中に北本の大きなお弁当箱を広げ、みんなでお昼のご飯を食べ始めたのだった。
「あ、おいしい!」
「おいしいです!」
「うん、ちゃんと味がしみてるしおいしいよ!」
「おいしいよしずく!」
「ほ、本当ですか。よかった・・・。」
どれどれ一口。
「うん、美味い。」
確かに美味しい。荒い感じがしないわけでもないが、けれんみのない素朴な味で食べやすい。初心者とは思えない。その自然な味に北本の努力が感じられる。
「あ、ありがとう・・・ございます・・・」
「なんでお前が礼を言う。それは俺が言うべき台詞だろ。」
「あはは・・・そうですね。」
そういいながらも珍しくとても嬉しそうな北本の顔を見ているとこちらも幸せになってくる。
それはきっと俺だけじゃない。順も刻も佐々木も、そして白川もみんなが笑顔だ。
俺達の周りはとても優しい雰囲気に包まれていた。
・・・そう、間違いなく今この空間には幸せな要素しかないはずだ。
どこをどうみても誰も不幸になる原因はないはずだ。今ここには誰もがハッピーな気分で、誰も不幸な気分になっているはずがないのだ。北本が美味しい料理を持ってきた。それをみんなに振る舞って楽しく食事をしている。・・・やはり誰も悪い気分になっていない。誰も苦しんでいない。誰も我慢していない。
そのはずなのに何だこの違和感は。この胸に支える重い空気は。
・・・気のせいだろう。また考えすぎる悪い癖がでているようだ。俺はそんな違和感をご飯と一緒にぐっと飲み込んだ。
「さーて次はなにを貰おうかな。」
「あ、まさくんみんなの分も取っておいてよ。」
「わかってるわかってる。あ、そうだ、ほれ。」
「あ、いいんですか?」
「いいよ。さっきも言ったが大量にあるんだ。」
そういいながら白川にたくさんの握り飯が入っているカバンを見せる。
「そういうことならありがたくいただきます。」
「おう。」
いいんだ。これまで白川にお世話になったことを考えたらおにぎりひとつなんて誤差みたいなもんだ。
白川の気配りには多分気づかないだけでこれまでも相当助けられているはずだからな。
それはきっと今日だって・・・。
「みんな食べ終わったら私のデザートもあるからね~」
「やった~」
「あんたたちほんとは料理部なんじゃないの?」
刻の一言は俺達の笑いを大いに誘った。
そうして何の変哲もない昼食タイムはつつがなく終わった。




