80. 貧・貧・普・巨
8月16日、夏真っ盛りの暑い太陽の下俺は図書室に向かって青々とした葉をした街路樹の下を歩いていた。
理由はもちろん白川に呼び出されたからである。そうでもなければこんな暑い日の真っ昼間に制服で外を歩いたりするはずがない。
果たして今日は何をするために集まるのだろうか。白川からのメールには「明日1時から部活をするので来てください」としかなかった。
何をするかくらい聞こうかと思ったがどうせ行かなければいけないので聞くことはしなかった。まぁきっとだらだら話しながら時間を潰すだけだろう。もしそうなら久しぶりにネット麻雀に興じるのもいいかも知れない。なんてったって最近は知らない誰かとしか対戦していないからな。しかも負け続き。
あ、でも順が入ったから麻雀だと1人余ってしまうのか。というかそもそも順は麻雀打てるのだろうか。
うーん、多分打てないよな。どこぞの領上麻雀漫画じゃないし女子高生は一般に麻雀なんて知らないだろう。
・・・そう思うと前期女子3人と麻雀打っていた俺はかなり稀有な存在かも知れない。
そんなことを考えながら歩いていたら学校の校門に着いていた。遠くからは運動系の部活の掛け声が聞こえてくる。こんな暑い中、実に感心である。俺には絶対真似できない。きっと彼女たちは全員Mなのだろう。
汗を拭いながらスマホの時計を見る。ただいま12時50分。1時集合なので余裕で間に合う。ちょっと早すぎるかもしれないが、さすがにこの暑い中急いで走るようなことはしたくなかったので余裕を持って家を出た。
下駄箱を目指し歩いていく。ガラスの扉を押し校舎の中に入ると一気に体感温度が2度くらい下がったように思えた。きっと今日は気温38度くらいあったのだろう。
シャツをパタパタとあおぎながら図書室に向けて進む。先に誰かが来てクーラーを効かせてくれていることを祈りながら図書室の扉を開けた。
開けた瞬間に感じた冷気にほっとしながらそこにいるだろう誰かに向けて一応挨拶をする。
「よう。」
「こんにちは。」
いつもどおりのそっけない挨拶が帰ってそこに誰がいるかがすぐにわかった。うん、実に心地がいい。
北本は今日も勉強をしているようだ。きっとこいつのことだからもう宿題は終わらせているだろう。だからきっと今の勉強はなんかこう俺の知らないような、なにかもっと発展的ななにかなのだろう。語彙パワーがないせいで俺には表現できないが。
「今日は暑いなぁ」
いつもの席に座り、シャツパタパタを再開する。
「ええ。」
一応同意はしてくれたようだが北本は全く暑そうではなかった。図書室も十分冷えていたことも考慮するとどうやら北本は結構前から来ていたようだ。
俺はいつもと同じように漫画を取り出しくつろぎ始める。こいつとは無駄な会話をしないほうがお互い幸せだ。それに少し経てば嫌でも会話が増えるだろうしな。
どこまで読んだかページをめくっていると予想通り扉の開く音が聞こえた。
「こんにちは~」
この声は白川だ。
ポニーテールを揺らしながらこちらに向かって歩いてくる白川は少し汗ばんでいるように見えた。
うん、やっぱこいつかわいいわ。
すらっとした体に整った顔立ち。そしてなにより男心をわかっているその髪型。後ろでかわいらしくポニーテールに癒やされない男はいないだろう。まあ多分暑いからっていう単純な理由なんだろうけど。
それとなにより夏服だと体のラインが目立つ。そしてそれがなかなかになかなかなのだ。我が部の最終兵器を抜きにしたらきっと平均よりはあると思う。アニメならきっと影を描かれるくらいのものをお持ちである。誰かと違って。
「こほん。」
その誰かのわざとらしい咳払いで我に返る。いかんもう見慣れたはずの白川につい見惚れてしまった。きっとこれもポニーテールのせいだろう。多分あの揺れが男を惑わすなにかを発している。多分それが1/fゆらぎってやつなのだろう。
「どうしたんです?」
「いやなんでもない。」
白川が俺の向かいに座る。
「ふぅ~、やっぱり冷房はいいですね~」
「ほんとだよ。やっぱ夏休みは家を出るべきじゃないってわかっただろ。」
「今なら思わず同意しちゃいそうです。」
手で顔をあおぎながらにこにこしている。何がそんなに楽しいのだろう。
「いいんだぞ素直になれよ。」
「いいえ、ここで斉藤くんに賛同したらダメな気がするのでやっぱり同意しません。」
そう言いながらも顔はまだ赤みを帯びている。
「口ではそう行ってても体は正直みたいだぞ。」
がしゃんとシャーペンが落ちる音がした。
その音のしたほうを見るとえへへと笑う白川とは対照的なゴミを見るような目をした北本がいた。
こいつ変なところで目ざといな。さてはそういう勉強もしてるのか。
・・・なんて言ったら間違いなく殺されるので俺は気にせず視線を漫画の方に戻した。
「どうも~」
数分経って静かに扉が開いた。次に現れたのは順だった。
「どうも~」
順はとことこという擬音が合いそうな感じでこちらに駆けてきた。
俺と白川の間の俗に言うお誕生日席に座る。
「あついね~」
そう言いながらスカートをパタパタとあおぐ順。
俺は目のやり場に困った。かと言って瞬時に目を背けるのも負けた感じがして気に食わない。ここは漫画を盾にして自然にちらちらと見ることにしよう。頼んだぞ相棒。
「順さんっ!ちょっとっ。」
白川は明らかに「男子もいるんだから」と言外で言っていた。
「大丈夫スパッツ履いてるから。」
そういうことじゃないんだよなあ。さては順って一回気を許した相手にはとことん許すタイプなのか?それか俺を人間扱いしていないのか。
「この男には気をつけたほうがいいですよ。なにをしてくるかわかりませんし。」
「これまでなんもしてないだろ!」
「どうだか。」
もっと強く反論しようと思ったがさっきの白川への言葉の真意が北本にバレている手前、強く出ることは控えた。
「まあくんはそんな人じゃないよ。ねえ?」
「・・・」
順の言葉が良心に響く。
あんまり男を信用しない方がいいと思うぞ。順が大学に進学した時心配である。変なサークルに入って変な先輩の魔の手にかからなければいいが。
・・・よく考えたら今もうすでに変なサークルに入ってたわ。
「ごめ~ん!」
大きな音を立てて最後の1人が重役出勤なされた。
「あ。」
その重役は最終兵器だった。今日は特に。
汗で少し透けている胸元は上下に上下にダイナミックな動きを見せていた。
その揺れはまさに自然の力強さそのものであり当然俺なんかには全く手に負えないものだった。
俺はただその躍動に目を奪われていた。その感は人智を超えたものに対峙した時の畏怖そのものだった。
そう、それは海だった。力強い荒波と大海原の包容力を兼ね備えているそれはまさに母なる海なのだ。
決してシャツの向こうに水色の何かが見えたとかは一切関係ない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・前言撤回。」
・・・・・・冷房が効きすぎているのだろうか、不意に悪寒を感じた。




