78. Don't say happy
「意味?」
「ああ、自分の一部を過去にするという行為の意味だ。」
いつでも"それ"は存在している。"それ"に名前をつけるのも意味を持たせるのも全て人間が自己中心的に行う。まるで"それ"の全権をいつでも当然のごとく握っているかのような振る舞いで。
しかしその自分勝手さの報いか"それ"の意味付けに苦しめられるのもまた人間だけである。
無意味な意味付けに無意味に意味を見出そうとする。
あくまでどこまでも"それ"は"それ"でしかないのに。
「今に対して意味を持たせないといけないみたいな強迫観念じみた何かに俺達は今を過去にするという形で評価する。そしてその評価を考えて未来を生きてしまう。連続的なうなりに自分勝手に区切りをつけて過去と今と未来を画定する。本当はもっとシンプルであってもいいと思うんだ、人が生きるということは。」
・・・ってなんで俺はこんな気持ち悪いこと語ってるんだろうか。いつもの妄想が垂れ流し状態だ。
もしかしたらまみ姉のさっきの促しが案外効いてるのかも。
「・・・・・・。」
ほらまみ姉もドン引きだ。丸い目をしてこちらを見ている。ああ恥ずかしい。これまではどれだけ気持ち悪いことを考えていても相手がいなかったからどうにかなっていたが、いざ話す相手がいるとこれだ。
「や、その、今のはアレだ。忘れてくれていい。」
さすがに恥ずかしさのあまりそんな言葉が口から溢れる。
「・・・マサはすごいね。住んでる世界が私と違う。昔から思ってたんだよ、マサは頭が良いって。」
「買いかぶりだ。俺はただ頭をこじらせてる高校生だ。」
あまりにも一人でいる時間が長すぎた副作用に違いない。
「少なくとも私よりは全然この世界を冷静に見てる。そして私に教えてくれた。」
「何を?」
「実は悩んでたんだよ。学部はなんも興味のないところだし、最近サークルもなんか面白くなく感じてたし。ああ私の大学生活ってなんだろう、人生は何だろうって。このままでいいのかってね。」
「あぁ。」
すんなり相槌を打つ。というのも実は薄々そうではないかと思っていた。
高校生活とか夏休みとか俺に色々聞いてきた時、これ本当はまみ姉の自問自答なんじゃないかと。
夏の夜、女子大生が1人で飲んでるなんてシチュエーション、なにか悩みごとがあるって言っているようなもんだろう。
「でもちょっと考えすぎてたのかもしれない。もっとシンプルに、今置かれているところから楽しいことを探してみるよ。私らしくね。」
まみ姉は昔見たような笑顔で言った。
「なんか知らんが役に立ったのなら良かった。」
「ちょっと恥ずかしいところ見せちゃったかな。・・・でもまあいいか明日にはいなくなるし。」
そう言ってまみ姉は缶ビールの残りを豪快に飲み干す。
「俺だけの言葉を鵜呑みにするなよ。」
「あー生意気!」
まみ姉は俺の頭をぐりぐりしてくる。
「いて、いててやめろ!」
「私だってもう大学生だからね!」
「わかったわかった!」
まみ姉のぐりぐりは昔より優しく感じたのは俺達が年をとったせいだろうか。
「ねえマサ。」
「ん?」
「私もひとつ生意気なこと言っていい?」
「まぁもう少しでお別れだしな。」
今は何時だろうか。きっともう3時は回っているだろう。どこかで新聞配達のバイクの音が聞こえる。
「今、好きな人はいる?」
「は?なんだ突然。」
「特定の誰かじゃなくてもいい、学校に大切に思える人はいる?」
「・・・。」
中学生までの俺は間違いなくいないと即答していただろう。
聞かれた相手が綾か母親だったら今でもいないといっていたかもしれない。
しかし今はそのどちらにも該当しない。
「・・・まぁ数人は。」
少し目線を外にやりながら答える。
「ならその子たちは大切にしなさい。今はいつか過去になるけど人はいつまでも自分たちの心の中で今として居続ける。マサは頭がいい。自分を見る鏡をいつでも持ってる。それができない人はこの世界にはたくさんいるくらいなんだからマサはすごいよ。だからそんなすごいマサには人を映す鏡をもう片方の手に持っていてほしい。
マサはもう持ってるかも知れない。だとしても人を映す鏡をしょっちゅう忘れてしまう私からのアドバイスとして覚えていて。そういえば夏休みまみ姉なんか言ってたなぁくらいでいいから、ね?」
俺は静かに頷く。ここでなにかを言うのは間違っている気がするから。
「見返りを求めない気遣いは必ず相手に伝わるから。」
「わかった。」
「うん。じゃあ今日はもう寝ようか。付き合ってくれてありがとう!」
夏の夜の2人の密談はこうして終わったのだった。




