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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第6章 新世界を覗き見て
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77. 夏の夜に過去を溶かす


 その後テレビを見たり風呂に入ったりして夜11時半になりそろそろ寝るかということになった。


 案の定まみ姉が風呂に入る時、

 「3人で一緒に入る?」

 と聞かれたが、

 「俺は別にいいぞ。」

 という事前に用意しておいたカウンターを放った。

 しかしそのあとの妹の全身全霊の

 「キモっ・・・」

 に対しては準備をしていなかったので心にそれなりの深手を負った。


 そんな2人は綾の部屋で寝ることになっている。

 まだ12時にもなっていない今、俺はというと夏休み特有の昼夜逆転生活のせいで全く眠くなかった。

 日頃2時過ぎに寝ている人が急に12時に眠れるはずもない。

 適当に動画でも見て時間を潰そう。

 一瞬机の上に積まれた宿題の山が目に入ったが、まだ慌てるような時間じゃないと自分に言い聞かせてベッドにダイブした。



 ・・・。

 ・・。

 ・。

 部屋の掛け時計を見ると2時を回っていた。

 気づけば少し前まで隣から聞こえてきた話し声もいつしか聞こえなくなっていた。

 さぁて改めて眠りにつくか。

 俺は1階にあるトイレに行くために部屋を出た。


 トイレを済ませ冷蔵庫にあるお茶を飲もうとリビングに入った時、縁側に何者かの気配を感じた。

 そっと覗いてみる。夜の闇に目を凝らすとその人影の正体がわかった。

 「なにしてる。」

 「わっ。」

 そこにはまみ姉が座っていた。

 「あーびっくりした!急に声掛けないでよ。」

 「びっくりしたのはこっちだ。泥棒かと思ったわ。何してんだよこんな時間に。」

 「綾ちゃんがやっと寝てくれたから、ちょっとね。」

 「寝るまでずっと喋ってたのか。」

 綾のやつ、いつもは12時くらいには寝てるくせに。

 「まぁね。ちょっと飲んで寝ようかなって思ってついでに少し休んでた。」

 そう言いながらまみ姉は手に持っている缶を振る。月の光に縁取られたその姿はなんだか昔に見たまみ姉の印象とは違う、少し大人らしさを感じさせるものだった。

 「飲むって酒かよ。」

 「さっき買っておいた。」

 笑いながら俺を手招きする。

 「なんだよ。一緒に飲めとかいうのか。」

 「まさか。」

 しかし俺を帰す気はないようだ。話し相手がほしいのだろう。

 「夏休みはどう?」

 「まぁまぁ。」

 「おばさんから聞いたけど、なんかずっと引きこもってるんだって?」

 余計なことを・・・。

 「別にそういうわけでもないけど、まぁ否定もできない。」

 まみ姉は優しい口調で続ける。

 「何かしたいこととかないの?」

 「ないなぁ別に。」

 「そっか・・・」

 まみ姉は口に缶を近づける。

 「高校は楽しい?」

 「・・・どうだろう。」


 俺は今の高校生活をどう感じているのだろうか。

 入学するまではきっと中学までのような誰とも親しくなることもなく、かと言って誰とも敵対することもない生活を望んでいた。

 そしてきっとそうなるだろうと思っていた。

 なぜならそういう生活は「なにもしない」ということで獲得できる。

 能動的な行動を一切せず全てから逃げ続けていれば自然にそういう生活を送ることになる。

 つまり簡単に手に入るのだ。

 費用対効果を考えるとそういう生活に満足している俺が出す答えは決まりきっている。

 だが現実はそうはならなかった。

 皮肉にも逃げ続けた先にいたのだ。俺の人生を変えた人々が。


 「部活が楽しいんでしょ?」

 「え?」

 俺は面食らう。そんな話は誰にもしていない。親にも、もちろんまみ姉にも。

 「さっき部活の話になった時の表情でわかったよ。」

 まみ姉はこれまで見たこともないような優しい表情で俺を見る。

 「別にそんなことはない!」

 「ふふふ」

 ついムキになって強く否定する。

 しかしまみ姉はまたしても初めて見るような笑顔を浮かべている。

 「どうせ私は明日にはいなくなる。」

 わかりやすく促してくる。本音を言えということか。

 「かと言って俺の話をする義理はないだろ。」

 「えー冷たいなぁー私たちの仲じゃん。」

 「そういうまみ姉はどうなんだよ。今の大学生活は。」

 つい恥ずかしくなって言い返す。

 「わたしは・・・どうだろう。」

 まみ姉は遠い目をして夏の夜空を見上げる。

 その横顔はさっきまでの優しそうな雰囲気も、昼間のようなやかましい感じでもない、どこか寂しそうな感じの顔だった。

 「なんかサークル入ってるの?」

 「一応テニサー。」

 うわぁ・・・。それは本当にテニスをしたことがあるのだろうか、握っているものは本当にラケットなのだろうか。色々思ったがもちろんそれらは言葉にはしないでこらえる。

 「楽しくないのか?」

 「どうだろう。楽しくなくはない。でも楽しいとは言えない。なんだろ・・・うーん、わかんない。」

 「俺に聞いといてそれかよ。」

 「あはは、ごめん。」

 どこかで虫が鳴いていることにいまさら気づく。なぜだかさっきまでは静かに感じていたのだ。

 「・・・まぁそんなもんだろなんでも。楽しいって気持ちはいつでも後からわかるもんだ。」

 まみ姉の表情を見てついそんな言葉が溢れる。

 「というかこの世界だいたいのものはあとで振り返ってみないとわからないもんだと思うぞ。」


 色々なものを振り返ってばかりの後ろ向き人間の俺だからわかる。

 人間なんでもあとから過去に意味をつける。

 あの時は楽しかっただの、あいつは良いやつだっただの、ここまでは何々時代だの、あらゆる事象の意味付けは事後的だ。

 「そうだね。うん、今話してて心底そう思った。」

 まみ姉は小さく缶を傾ける。しかし俺の言いたいことはこれではない。

 「ただ・・・」

 「ただ?」

 「過去そのものには本質的には意味がないと思うけどな」


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