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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第6章 新世界を覗き見て
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71. 異世界恐怖症


 「あ。」

 視線を下にやるとそこには半袖にスカート姿という涼し気な格好をした順がいた。格好も相まっていつもよりも少女感が増しているように思えた。

 というか俺が外出した時知り合いと会う確率以上に高くない?

 「なんでここに?」

 ざわついた心を落ち着かせながら当たり障りのなさそうな話題をチョイスする。

 「ちょっと買い物に、ね。」

 順は手提げかばんを揺する。その時ちらりと見える脇に再び心がざわつき始めたが努めて冷静を装った。

 「まあくんは?」

 「俺もおんなじだ。」

 背負ったリュックを揺らす。中には知っている人なら何かを察する青いビニール袋が入っている。流石にあの袋を持ち歩くのは俺でも少し気が引ける。

 「珍しいね、まあくんが外にいるなんて。」

 「まぁな・・・って俺がいつも家にいるって話お前にしたことあったっけ?」

 「あっ。」

 「誰から聞いた?・・・まぁ大体想像つくけど。」

 「あはは~ごめん白川さん。」

 おのれ白川俺のことをペラペラ喋りおって。

 「別にいいけどさぁ。」

 本当に別にいいんだけどね。隠すほどのことでもないし。


 自然な流れで俺達は歩き出す。

 俺の胸ほどの高さでは後ろで束ねられた順の髪が踊っていた。

 気持ち歩幅を小さくして歩く。

 なぜか楽しそうに歩いている順を見て、そう言えば順とふたりきりで歩くのは初めてなんじゃねなんて思う。

 成り行きではあったがともに旅行をした関係であるにもかかわらず、俺はいまいち順という人間をよくわかっていない。

 いや、もちろん他の連中をわかっているなんて傲慢なことは思っていないが、特に順は掴みどころがないように感じる。下手したら刻よりもだ。

 明るく見えるときも、どこか陰があるようなミステリアスな感じというかなんというか・・・とにかく底知れない印象を受ける。

 「金沢、楽しかったね。」

 「え、あ、そうだな。」

 急に話しかけられて取り乱す。まだ俺は1対1に耐えうるほど順という人間に慣れていないのだろう。

 「わたし、生まれて初めて。ああやって同い年の人だけと旅行行ったの。まあ昔から病気がちだったから当たり前なんだけど。」

 てへっと順は笑う。

 俺も一応微妙な笑みを返す。

 いや、俺も初めてだったんだが。別に病気だったわけでもないのに。

 え、もしかして普通は友達と遠出とかするもんなの?この年で?

 これまで遠出どころか近出すらしたことがなかった外出自粛のスペシャリストこと俺は若干のカルチャーショックを受けた。

 「そ、そうか。そりゃよかった。白川も順が楽しんだのなら満足だろう。」

 なんてったってこの度のこの旅の発案者は白川だからな。本人はそんなことおくびにも出さなかったが。

 ・・・。

 しかしその言葉を効いた順の顔が一瞬翳ったように見えた。

 「・・・本当にね。」

 「ん?」

 「本当に白川さんは、すごいね。」

 「・・・ああ、俺もそう思う。」

 これは本心だ。

 これまで数多くの・・・人とは会ってきていないが、白川はすごい。

 「あんな人初めて会った・・・」

 俺はこの一言で静かに確信した。順もあの旅行の白川の尋常ではない心遣いに気付いていると。

 白川のその能力に。その個性に。その呪いに。

 「ねえ、どうして白川さんはあの部にいるの?」

 順は白川の話を続ける。もしかしたら折を見て俺と白川の話をすると決めていたのかもしれない。

 「まぁ色々あってだな。」

 後から入った人は気になるのだろうか。そりゃ気になるか。白川のスペックを考えるとあの部活はあまりに不釣り合いだ。なんなら佐々木もそうだ。多分あの部にお似合いなのは俺と北本くらいだ。北本はどう思っているかわからんが。

 「それじゃ答えになってないよ。」

 「ああ。だがなあ。」

 返答を渋る。俺が不用意に言っていことではないだろう。

 俺にとっては大したことじゃなかったとしても白川はどう思っているかわからない。

 俺と白川しか知らないが、この部設立に際して白川は周りと一悶着あった。

 SSS部の本当の役割は『避難所』だからな。

 「本当にときちゃんが言ってたみたいな感じなの?弱みとか脅しとか。」

 「そんなことあるわけねーだろ。」

 俺と白川が同じ部活ってのはそんなに異常なのだろうか。・・・異常か。でもこの部活始めようっていい出したのはあいつなんだぞ。

 「ごめんごめん。まあ誰でもひとつやふたつ言いたくないことはあるよね。」

 別に俺が言いたくないわけじゃないんだけど・・・まあいいや。

 「でもあの部活ってなんか変だよね。・・・って変な意味じゃないよ!なんか普通じゃないオーラがあるっていうか何ていうか・・・」

 「入ってから言うなよ。」

 しかも俺が知らない間に入ってたくせに。

 「まあ言いたいことはわかるぞ。そのへん一般の部活とは違うだろう。」

 普通に生きていたらあんな教室に来たりはしない。あの教室に集まった時点で俺達はその他大勢とは少し外れている。

 「うん。みんなオーラが違う。クラスの人たちと。」

 「お前だってそうだぞ。この部活にぴったりな目をしている。」

 「え?」

 「自覚ないのか?下手したら俺達よりも世界を穿って眺めているような、俯瞰しているような、達観しているような目をしてんじゃん。」

 そう、こいつの掴みどころのなさはこの雰囲気だ。

 あからさまには出していないが、俺みたいな人を無条件では信用できない人にはその上辺に出ていない暗い雰囲気がわかる。

 暗いと言うより深いというべきか。

 どことなく深く、静かで、そして冷たい心が瞳の奥から覗いている。

 「・・・・・・そういうところはさすがだね。」

 「お前も以前俺に似たようなこと言ってただろ。」

 

 ──まあくんがわたしと同じ目をしているからだよ

 

 俺たちが初めてあった日に順に言われたこの言葉。

 読解力のない俺が精一杯考えて出した結論はまさにこの冷たい目だった。

 人のことはわからない。ましてや出会って日の浅い人ならなおさらだ。

 だが自分のことなら多少はわかる。

 似ていると言うなら自分のことを考えればいい。

 俺の目とはなんだろう。

 他の人にはない目とはなんだろう。

 それは冷めた目だ。

 別に気取っているわけではない。中二病でもない。

 いっそ中二病ということにしておきたいくらいだ。それなら恋もできる。

 ただ実際そうではないから仕方ない。

 これはきっと生まれながらの性格なのだ。

 どこまで行っても他人が遠い。

 いっそ何も考えず仲良くなる方が楽だし、きっと楽しい。なのにどうしても相手を推し量ろうとしてしまう。

 不安なのだ。

 遠い他人が。見えない他人が。自分でない全ての存在が。

 恐怖なのだ。

 他人という交われない存在が。決して踏み入ることのできない他人という『異世界』が。

 そういう臆病さから掴みようがない、本質的に知ることのできない他人の"核"をどうにかして論理的に、冷静に、冷酷に概算しようとしてしまう。

 そしてその行為の無意味さに対する絶望を他人に対する絶望ということにする。

 そうしなければ自分に絶望してしまうから。

 自分も信じられない人間が他人を信じることなんてできるはずがないのだ。

 そんな男の目は他人からどんな風に映るだろう。

 きっと心のない、血の通っていない冷たい目をしていることだろう。

 

 


 「うん、入ってよかったよ、SSS部。」

 「どんなタイミングで判断してるんだよ。」

 「でも、まあくんにわかるでしょ。自分と同じ感覚の人が近くにいる安心感が。」

 「まぁ、な。最近知ったよ。」

 あいつらが俺と同じ感覚かどうかは一考の余地があるし、同じとみなすのも失礼な気がするが、たしかに他の大多数よりは俺や順のような人間に理解があると思う。

 「ただあいつらは優しすぎるよ。俺にとっては。」

 ほんと、申し訳ないくらい。

 「そうだね。ほんとうに、そう思う。」

 なんであんなに優しいのだろう。どうしてこんな俺にもいつまでも温かい眼差しを向けてくれるのだろう。

 どうしていつも俺の心を溶かさんとするほど温かいのだろう。


 俺は時々彼女らの『優しすぎる異世界』が怖くなる。

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