70. 今そこにある異世界
相変わらず混んでいる繁華街を通りいつものショップに行く。
急いでも仕方ないので久しぶりに店内をじっくり見る。
ほんと最近は新しい漫画が多い。
新刊コーナーだけでかなりの幅を取っている。新刊が所狭しと平積みされている光景はなかなか壮観である。うーん、相変わらず今の日本人は異世界に転生しがちのようだ。早く俺にもその順番が回ってきてほしいものである。
それにしても魅力的な本が多い。
漫画やラノベは俺の数少ない趣味と言ってもいい。小学生の頃突如「朝の読書タイム」なるものが始まった。教師にその読書タイム用の本を買ってくるよう言われた俺はその日の帰り道本屋に立ち寄り文庫本の中で一番文字が大きいものを適当に買った。それが俺とライトノベルの出会いだった。当時は買ってきた本を見た時の母の表情の意味がわからなかったが、今思うとあの安易な選択がこちらの世界にようこそするきっかけだったような気がする。
まだ開店してすぐの午前だからか客も少なく、心置きなく試し読みができる。
しばらくアニメ化予定の漫画とこれから伸びそうな漫画を読み、気になった本を何冊か手に持って漫画コーナーを後にした。
店のさらに奥に続く通路を歩いていると数ヶ月前の出来事が脳裏をよぎる。
今日もあいつがいるなんてことはさすがにないよな・・・。
店奥にある最近幅を利かせているBのL的なコーナーをちらりと見る。
・・・・・・中谷はいないようだ。
まあそうだよな。そんな偶然そうそうあってたまるか。
俺は当初の目的だった新刊の他に何冊か新しい漫画を買って店をあとにした。
ショップの入り口から家に帰る方と真逆に適当に進む。
さてどうしたもんか。あと1時間はどうにかして時間を潰したい。
いつもよりは人が少ない街中を散歩でもして時間を潰すか。
しばらく歩けば古本屋もあるしそこをとりあえずの目的地にして歩き出した。
歩き慣れた商店街をぼーっと歩いているとなぜだろうこれまでは全く見ていなかったところに目が行く。
建物のちょっとした意匠、人々の服装、街路樹の位置、看板のデザイン、床のタイルの模様。
これまではただの風景だったものが、どうしてだろう前よりも輝いて見える。
風景が変わったのだろうか。
もちろん違う。俺も見方が変わったのだ。
なんとなく見ていた街の景色も誰かがデザインしているということをこれまでの俺は全く気づかなかった。
なぜならそれらは実に自然に行われているから。
「見る人が見たらわかる」なんてよく言うが、その言葉の本質は「多くの人は気づかない」というところにあるのかめしれない。
どれだけ凝った意匠でも、わからない人にはただ建物の壁にしか思えない。
どれだけ手の込んだ看板でもスマホを見ていれば気づかない。
どれだけ手間暇かけて作られた植え込みも、大半の道行く人にとってはただの道路に生えている植物だ。
気づかない人は気づいていないからどこまでも気づかまいままなのである。
いくら輝いている宝石があっても、それを感じられる目がないと石ころと同じなのだ。
だが一度気がつくとなんとも面白い。
こんな誰が見てるんだというような天井の模様や、文字が目立つよう自然にデザインされた看板など、どの意匠にも作者の心が見て取れる。
誰も気づかないのではない、俺が気づいていなかったのだ。
まったく世界とは、人生とは実に不親切である。
なぜこんなに色々な楽しみ方があるのにそれらのチュートリアルが充実していないのだろうか。
なぜ遠くの格式高い美しさだけを教えて身近にある面白さを教えてくれないのか。
なぜ個人が生まれつき持っている楽しさのアンテナの使い方をもっと教えてくれないのだろうか。
いや、きっとそのチュートリアルも世界にあふれているのだろう、俺が知らないだけで。
感性のチュートリアルは「知らない世界との交流」によって培われる。
未知の分野とのふれあいが新たなアンテナを育ててくれる。
つまりその人の経験がその人の目を養うのだ。
俺はこれまで新しい世界との交流をしてきただろうか。
答えはNOである。
すでに安全とわかっている世界にあぐらをかき、新しい世界との出会いの機会はことごとく無視してきた。
もちろんこれまでも新しいことに挑戦しようとかこのままではダメだという気持ちはどこかにあった。
しかしそれらはすべて「めんどくさい」の一言によって葬り去られていた。
変わるより変わらないほうが楽なのは当たり前だ。
そう自分に言い聞かせて生きてきたツケが今になって回ってきたのだ。
これまでドブに捨ててきた「宝石」は今となってはもう取り返しがつかない。
立ち止まり上を見上げる。商店街のアーケードの隙間から青空がのぞいていた。
だが俺は少しずつではあるが変わってきているのだ。
人は変わろうと思えば変われるなんていうが俺みたいな根性のない人間は1人では変われなかった。
しかし今は1人ではない。
俺は初めてみんなの力を借りて新しい世界を見ることができるようになったのだ。
その世界は初めて知る美しさがあった。
俺の心にも生まれて初めて光が差したのかもしれない。
異世界というのはもしかしたらもっと近くにあるのかもしれない。
はぁ。なんかまた考え込んでしまった。
もういいや予定よりはちょっと早いけどもう帰ろう。
そう思って踵を返したときだった。
「あれ、まあくん?」
後ろから近頃よく聞くようになった子供のような声が聞こえてきた。




