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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第6章 新世界を覗き見て
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68. Without Words



 俺はあることを聞こうとしたが野暮な気がしたので自重した。

 あることというのは、白川がどこまで考えて今日の旅行を企画したのか、ということである。

 当然企画の主だった理由は夏休みの有効活用だろう。本人もそう言っているしそれを疑う気もない。

 しかしそれは表層と言うか大義名分と言うか建前と言うか、白川の本心の表面部分だと思えてならない。


 最初にそう思ったのは順の誕生日を聞いた時である。

 聞くところによると順の誕生日は偶然にも明日であるという。

 あの場面では偶然ということになっていたが果たして本当に偶然だろうか。

 もちろんはじめは偶然だと思った。

 だが駅に着く前の順の表情を思い返したとき、俺の頭には違う考えが浮かんだ。

 白川だけは知っていたのではないだろうか。順が明日誕生日だということを。

 下手したら俺達の誕生日も知っているかもしれない。

 少なくとも俺は以前誕生日を聞かれた。

 佐々木の誕生日はSNSのプロフィールに書いてあった気がするから部員はみんな知っている。

 それにいつだったか北本はなぜか俺が早生まれだということを知っていた。

 白川と北本が誕生日の話をしただろうことは想像に難くない。その時ついでに俺の誕生日の話になったというのは十分考えられる。

 そう考えると順の誕生日もどこかしらで知った可能性は十分ある。なんなら積極的に知ろうとしたまである。

 俺や北本のときのようにどこかでさらっと誕生日の話をしたと考えてもなんら不自然ではない。

 そう仮定して改めてあの電車での会話を思い出す。

 あの時確かに自然な流れで誕生日の話になった。

 しかしそのきっかけは白川の言葉ではなかっただろうか。

 

 順はまだこの部活に入って間もない。というか正確にはまだ正式には入部していない。

 そんな立場の順が自分の入部かつ誕生日お祝いためにこれまでしたことない旅行を提案された時どう思うだろうか。

 きっと遠慮する。

 では今日の旅行はどうだっただろう。

 あくまで夏休み期間の有効活用という名目で旅行が決まった。

 しかも順は俺達がこれまで旅行に行ったことがないということを知らなかったようだ。

 そうなれば内心自分の歓迎を兼ねた旅行と勘付いていたとしても大義名分があるため遠慮する必要がない。

 誕生日に関してはなおさらだ。仮に以前に誕生日の話をしていたとしても他愛もない話として強く記憶には残っていないはずだ。

 まさかそこまでこの旅行が本当は自分のために企画されたものだったとしても事前にはどうやっても気づかない。

 俺達もそうだ。

 今日旅行に行く前までは旅の理由を聞かれたら夏休みの暇つぶしと答えていただろう。

 しかし今聞かれたらこう答える。

 順の歓迎のために、と。

 

 行く前からこう思っていたら今日の旅行はどうなっていただろう。それはきっと恩着せがましい部分がどうしても拭えないものになっていた。

 こういうものは得てして受け取る側のほうが敏感だ。

 だが俺達が心のどこにもそういう気持ちがないなら恩着せがましいも何もない。

 だから白川はあくまで夏休みの有効活用という大義名分を貫き通した。旅が始まるまでは。

 あの誕生日の話題は種明かしだったのだ。



 

 まぁ本当のところはわからない。

 実は白川も何も考えておらずたまたま神の導きでこうなったの可能性も0じゃない。

 しかし白川なら、白川ならここまで考えていてもおかしくないと思えてしまう。なんなら俺が気付いていないもっと多くのことすら考慮していることだって十分ありえる。

 それはこれまでの白川を見ているからだ。

 そして順の表情を見るにきっと順も今後そう考えるようになるだろう。


 ただこれはあくまで俺の妄想に過ぎない。

 俺が自分勝手にした妄想であり何の価値も意味もない。

 この妄想を本人に言うというのはあまりに野暮であろう。

 それは白川の努力を蔑ろにするものであり、俺の自己満足に過ぎない。

 だからこれは俺の世界でとどめておくべきことなのだ。仮令それが事実だとしても。

 この世界には言葉にすべきではない事柄がたくさんあるのだ。

 今日の旅行の色々な場面で俺はそう学んだ。

 真の美しさは言葉の鎖で縛るべきでなはい。


 俺は再び俺の世界から出る。

 もうすぐ俺の家だ。

 「家まで送ろうか。」

 「いえ、もうそこなので。」

 「そうか。そうだったな。」

 「はい。」

 長かった旅行の終わりの扉がついに見えてきた。

 「じゃあ。」

 「ではまた。おやすみなさい。」

 「白川。」

 「はい。」

 振り返る白川の綺麗な長髪がなびく。

 「今日はありがとう。」

 「私は何もしていませんよ。」

 嘘つけ、という言葉を飲み込んでもう一度白川の目を見て言う。

 「今日は、ありがとう。」

 

 「・・・はい。こちらこそ。」

 


 

 ・・・。

 「おかえり~じゅんちゃん!ずいぶん遅かったね。」

 「ただいま。」

 「あはは疲れてるね。そりゃそうか、今日朝早かったもんね。体は大丈夫?」

 「うん、大丈夫。」

 「確かに幸せそうな顔してるもんね。」

 「え?ときちゃんそれどういう意味?」

 「そのままの意味だよ。病院にいるときに比べて明るい顔になった。」

 「そう・・・なんだ。」

 「よかったねあの部活に入って。」

 「・・・うん。」

 「あの男だけは気に食わないけど。」

 「もう。」

 「まあとりあえずお風呂入ってきなよ。」

 「そうだね。」

 今日彼女は彼女のどこまでも深い気遣いに触れ、驚き、恐れ、感謝した。

 しかしそれを言葉にすることはなんだかその気遣いを無駄にするような気がしたから彼女に短いメールを送るだけにしておくことにした。


 『ありがとう。』

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