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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第1章 変わらない世界の改変
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6. 白川香織は惜しまない。そして彼は才能を理解する。


「ご飯一緒に食べよ~~。」


 昼休みが始まり念願の昼飯タイムが訪れた。

 目の前では早速中谷が白川と昼飯を食べようと画策している。

 その一声で周りの女子も集まってくる。


 きっと前の席でもこんなことが毎日行われていたのだろう。人気者は大変である。俺ならもっと静かに飯を食いたい。

 中谷は自分の椅子を白川の方へ運ぶ。その時


 「あんたも一緒に食べる?」

 なんて聞いてきた。何かの冗談かと思ったが冗談にしてはつまらないので社交辞令で誘ったのだろう。


 「いやいい。」

 もちろん断る。


 あいにく女の花園の中で気楽に食事を楽しめるほどのハートを持ち合わせていない。


 それに先程も言ったが俺は静かに飯を食いたいのだ。できることなら他のところで食べたい。しかし席を譲ってもらうために人に話しかけるのは面倒だし図書室は飲食禁止だ。仕方なく教室の自分の席で食べているのだ。


 「そう。」

 中谷はそう言い残して目の前の女子界の輪に入っていく。


 早く飯を食って例の場所に行くことにしよう。

 席が最後列になったため、教室から出るのが前の席より比較的楽になったのはいいことである。




 図書室の前に来て金曜日のことを思い返す。

 今日は誰かいるだろうか。音を立てないように気を配りながら扉を開ける。


 ・・・。

 いた。

 しかもおそらく金曜日見かけたこと同一人物である。

 その低身長な体は一度見れば見間違えないであろう。


 その子は俺に気づき一瞥してくる。本を持っているのだろうか、左手が胸の高さくらいにある。

 ちらりと見えた顔はどことなく悲しげな表情をしているように見えた気がした。

 だからといってどうということもないので、俺はその子の後ろを通り目的地を目指した。

 今日は珍しくオーラスで一まくりして気持ちよく昼休みを終えることができた。帰る頃には女生徒の姿はなかった。





 放課後になる。今日から掃除が始まった。先程のロングHRで掃除の班分けが行われた。名簿順にいくつかのグループに分けられた。俺は3班であった。ちなみに白川も3班である。


 そんなことより学校教育における掃除という行為について小学生の頃から疑問視していることがある。それは掃除の頻度である。

 生徒がやることはまだ納得できる。


 しかし毎日やる必要性はあるのだろうか。掃除が情操教育にいいのか、仏教の教えかは知らないが、何も毎日やらなくてもいいだろうと思えてならない。教室って一日でそんなに汚れるものかね。一度納得できる説明を受けたいものである。


 だが自分の番は週1程度しか回ってこないのでよしとしよう。まあよしとしなくてもやらされるんですけど。


 最後列から机を前へと押し進める。毎日最後列から机を運ぶのは意外と面倒だ。やっぱり掃除は週1にしませんか。

 そんなことを考えながら机を運ぶと白川が前で待っていた。


 「じゃあ、行くか。」

 はいと返事して俺の横を歩く。


 すると横で中谷がなにやら言ってくる。


 「ほんと仲いいわねぇ。」

 「お前も一緒に来るか?」

特に言い返す気もなかったが昼のことを思い出して社交辞令のお返しをすることにした。


 「行くわけ無いでしょ、ばか。」


 きっと昼休みの俺の気持ちがわかったことだろう。




 「中谷さんとはずいぶんと仲がよろしいのですね。」

 廊下を歩いている途中、意味不明なことを言われる。


 「は?どこを見てそう思ったんだよ。」

 「だって、部活の勧誘はできないとか前に言ってらしたのに。」

 「いやいやあれは冗談みたいなもんで・・・」

 「どうだか。」


 なにやら白川は機嫌が悪そうだ。確かに勧誘ができないと言ったのは結果的に嘘となったが、そんなに怒らなくても。


 「せっかく麻雀を一緒にやろうと思っていましたのに。」

 「え、まじで?」

 すごい速さで聞き返してしまった。


 「ええ本当です。週末があったので麻雀は一通り覚えてきました。」

 「やるじゃん。早速図書室についたら一緒にやろうぜ。」


 思わずテンションが上がる。高校に入って一番胸が高まっているかもしれない。やはり、知らない誰かより、知っている人と対戦する方が燃えるってものだ。

 嬉しさから少し早足になる。

ついてくる白川の表情はもう怒っていないようだった。






 ビギナーズラックという言葉を聞いたことがある。初めて買った馬券はよく当たるし、初めて行ったパチンコ屋はバカ勝ちするというやつだ。


 ただし俺はそれを信じてはいない。初めてでも負けるやつはいるし、リピーターが勝つこともあるに違いない。所詮は初めての経験で印象に残っていたに過ぎない。



 そんな俺だが、今まさにビギナーズラック肯定派に宗旨変えしそうになっている。

 それは目の前の女雀士のせいである。何度やっても勝てない。


 麻雀とは運が絡むゲームである。7割は運で勝負が決すると言っても過言ではない。

 なのに二人で麻雀を初めて以来5回連続で白川が1着を取っている。

 素晴らしい強運、そう言ってしまうのは簡単だ。


 実際本人も

 「私運だけはいいんですよ。」

 なんて言って笑っていた。


 しかし本当に運だけだろうか。とてもそうだとは思えない。

 白川はルールを覚えてきたと言っていた。たしかに今どきインターネットで検索すれば3秒でルール解説サイトにたどり着けるだろう。

 だが戦術となるとそうは行かない。手作りや危険牌の読みなどそう簡単には覚えられない。そもそも正解があるかすら怪しい。


 白川の麻雀は間違いなく麻雀の本質を知っていた人の打ち方であった。むやみに鳴くわけでもなく、なんでもあがりを目指そうとするわけでもなく、しかし好機は逃さない。まるで始めて2日3日の人間の打ち方ではない。




 センスが違うのだ。才能が違うのだ。

 俺は一人で勝手に納得した。


 頭がいいとはなんだろうと誰もが一度は考えたことがあると思う。


 ある人にとっては知識を沢山もつ人を賢いと言うだろう。

 またある人は計算が速い人を賢いと形容するかもしれない。


 しかし俺は『読み』が効く人を賢い人と定義している。知識の使い方が上手い人と言い換えることもできるかもしれない。



 武器をたくさん作る能力も確かに必要だ。武器を早く振れる能力も時には必須かもしれない。

 しかし今ある武器をどう使えば目の前の敵を倒せるかを導いたり、敵を倒すためにはどういう武器が必要になりそうかを予測したりする能力というのは、大小はあるが日常のあらゆる場面で活躍する。そして人生を設計するのにも必須の能力である。


 大げさに言えばこの能力こそその人の人生の限界なのだ。

 この能力の幅が広ければ人生の幅は広くなるし、狭ければどんなに知識を持っていてもそれは知識の集合であっても決して知恵とはならない。


 こんな考えから俺はこの人生力と名付けている能力を賢さの基準としている。


 さて白川はどうだろう。麻雀のルールという知識の集合から適切な戦術を導き実践に生かしている。

 これはもう運とは言えない。

 人間としての器量の違いを見せられたような気がした。


 ニヒルな笑みを浮かべながら白川を見る。

 「お前、めっちゃ才能あるな。」

 才能のないやつがそう言う。


 「そんなんじゃありません。たまたま運が良かったんですよ。」


 そう言って照れる白川に返す言葉はなかった。





 帰宅しすぐにパソコンを付ける。今日はなんとしても麻雀をやってやる。誰かに勝たないと気が済まなかった。

 何度かやってようやく1着を取る。これまでこんなに真剣に麻雀をやったことがあっただろうか。そんな気迫でプレイする俺がいた。


 夕食の時今日の話をした。

 「それで白川のやつ、めちゃくちゃ強くてびっくりした。」

 綾はふーんと興味なさげだった。

 「きっとその子たくさん練習したんじゃない?」

 母は適当に返事する。

 「そうなのかなぁ。」

 「その女おにぃのこと嫌いなんじゃない?絶対おにぃには負けたくない的な?」

 へらへらと妹は笑う。


「そんなわけあるか。大体そんな本気で勉強するわけ・・・」


 するわけない。そう言いそうになって言葉が途切れる。



 なぜ本気で勉強するわけないと言い切れるのか。

 どこかで、たかが麻雀だ、そう思っていた。ルールを覚えると言ったって遊べる程度で軽く終わらせるだろう、そう決めつけていた。


 しかしそれは俺の感覚である。白川の感覚ではない。

 部屋に戻り、ベッドに寝転がりながら考える。


 もしかしたら俺は白川の努力を過小評価していたのではなかろうか。

能力だの才能だの言っていたが、それらの前には必ず努力というプロセスがあるということを忘れていた。



 努力を惜しまない。頑張ることを惜しまない。



 あいつはもしかしたらそういうやつなんじゃないか。


 わからない。


 だが、今日の俺の考え方はあまりに独断的過ぎた。

 もしかしたら今日はとても失礼なことを言ってしまったのかもしれない。





 次の日の朝、登校してきた白川に一番に話しかける。これまで朝は挨拶を交わす程度だったので多少の勇気が要った。


 「麻雀の勉強してきてくれてありがとな。」

 唐突にそんなことを言われて驚いたようだ。


 「どうしたんです突然。」

 「いや、昨日は一緒に麻雀やれて楽しかったと思って。」

 少し照れながら言う。


 「うふふ。私も楽しかったです。」

 にこにこしながら続ける。





「…でも、それは良かったです。寝ないで勉強した甲斐がありました。」

 そんなことを屈託もなくさらりと言う。



 俺は思った。



 一生この人には敵わないと。




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