54. 新たな試練と新たな出会いの予感
夏休み、それは俺が一番好きな言葉である。
暑い夏、冷えた自室で、引きこもり。ニートの心の俳句である。
1ヶ月もの間、自宅待機が許されるのだ。なんと素晴らしいものだろうか。
冬のように寒いこともない上冬休みより長いという長期休みの絶対王者。
何をして過ごすかを考えるのは夏休みにわかの考え方だ。通は何もしない。
読んで字のごとく、夏に休むから夏休みなのだ。何かをしては休みとは言えない。もはや何もしないという用事があるといっても良い。
俺はただその夢の期間だけを心の支えにして今日も学校に向かう。
期末テストという俺が一番嫌いな言葉を頻繁に聞くようになったことが夏休みが近づいている証拠というのは実に悲しい事実である。
なぜ神は苦を経験しないと楽の享受を許してくれないのか。
楽することを悪とする今の社会は間違っていると思うんだ。
「何ぶつぶつ言ってるんですか気持ち悪い。」
・・・。
北本はこちらを見ることもなく横から刺してきた。
発声の機会が少ない声帯がどうやら出番を求めていたようだ。
これから気をつけよう。
外では早くもセミが鳴いている。
気温も当たり前のように連日30度を超えている。
それも今の時期ならここ数年では普通のことである。
今や7月末。
期末試験のテスト範囲が発表されるのも普通のことである。そして俺が苦しむのも普通のことであった。
ただし中間テストからひとつ、大きく変わった点がある。
勉強するという習慣がついたということだ。
中間テストの時勉強会の後、家に帰った後もその次の日も北本に携帯で勉強することを強要、もとい指南されすっかり家で勉強する癖がついた。
勉強と言ってもその日にあった授業の教科書を寝る前に寝ながら読む程度だが、それでも教科書を全て置き勉していた俺からすればかなりの進歩だろう。
習慣というものはなかなかに怖いものである。
今までありえなかったことも一度癖になれば簡単にできる。
そんなわけで中間テストよりは苦しまない・・・とは断言できないが、勉強に対する忌避や過度な苦手意識はなくなった。
それでもこの学校のレベルには到底追いつけていないが・・・・・・。
「あ、みなさんもう知っているとは思いますが期末テストの1週間前から部活はなくなりますので。テスト頑張ってくださいね。」
担任は最後に一言そう言って、テスト範囲の発表にざわついている教室を去っていった。
・・・。
困った。
今回も雀の涙ほど持ち合わせいた恥を捨てて、北本をはじめとした部活の面々にご協力していただく気満々だった。
「なあ、お前今の知ってた?」
「今のって部活禁止のことですか?」
「ああ。」
「ええ。知ってましたけど。生徒手帳に書いてありますし。」
あれ読んでる人類存在したのかよ。こちとらどこに生徒手帳にしまったかすら忘れたわ。
「中間テストはそんな縛りなかったじゃん。」
「学校的には中間テストはオフィシャルな定期テストという扱いではないらしいです。」
「そう・・・」
北本との会話は非常に端的で淡白なものだった。普段はこの淡白さが変に気を使わなくて済むので楽で良い。
でも今は状況も相まってどことなく泣きたい気分になった。というか心の中ではわんわん泣いていた。もちろん表情には出さないけど。
「・・・・・・でも図書室自体はテスト期間も開いてるらしいので私は行くつもりですけどね。今のところは、ですけど。」
北本はクールな表情を崩していなかった。しかしさっきよりも優しさを帯びているように見えたのは俺の錯覚だろうか。
・・・いや、俺は中間テストに思い知ったではないか。北本がどうしようもないお人好しなところを。
「私は絶対行くので安心してください。」
急に前方から声が聞こえてきた。
「お前、いつから聞いてた。」
「斉藤くんが悲しそうな声で話し始めた頃から。」
「・・・・・。」
最初からじゃねーか。
次の日。俺は昨日の絶望もすっかり忘れいつもどおり図書室に向かう。
「今日から部活禁止ですね。」
「まあ私達はあんまり変わらなそうですけどね。」
「そうですね。」
「・・・よかったですね。」
「おい急にこっちに振るな。女子トーク続けてろ。」
とまあ、テスト期間になっても俺達はいつもどおりのムーブをしていた。
みんなが帰宅していく中、俺達だけはいつもどおり図書室へ向かう。
しかし俺達はまだ知らなかった。
そこにはいつもどおりではないことが起きていることを。




