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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第5章 それは個性か、枷か、それともそれ以外の何かか
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53. 世界の調和の必要経費


 最近の部活動の囲碁を終え、帰路につく。未だルールと軽い戦略を覚えている段階だがなかなか奥が深くて楽しい。

 そのせいかあっという間に帰宅の時間になる。

 梅雨も明けすっかり日も伸び、5時になってもまだまだ昼間という感じだが帰宅時間は絶対である。

 といっても俺がわざわざ強要しているわけではなく、白川とふたりで部活を始めたときから自然にそうなっていた。

 今日だってそうだ。白川が「そろそろ帰る準備しましょうか」と言い出し、下校時刻の数分前に教室を後にしていた。

 実にありがたい。さすがは白川だ、とこういう小さいところでも好感度が上がる。

 「お前、バレー好きなの?」

 そんな白川がとなりにいるので気になっていたことを聞いてみることにした。

 「どうしてそう思ったんです?」

 「だって試合の前にチーム盛り上げてたし。」

 「・・・・・・変でした?」

 「い、いや、変ではなかったけど・・・。なんとなく意外だったんだ。お前、どちらかというとああいうこと自分から言うタイプじゃないだろ?」

 体育のときの違和感、というか意外な出来事について雑談がてら聞いてみた。

 しかし返答はもっと意外なものだった。

 「相変わらずですね。斉藤くんは。」

 「え?」

 「本当に、変なところで目ざとい。」

 「え、ええ・・・どゆこと?」

 小さい声で独り言のように白川が言ったのはそんな言葉だった。



 

 「私は調和が好きなんです。」

 玄関から歩き出す。俺達以外の2人は前で他の話題で歓談しているようだ。

 「みんなが楽しんでいる空間に流れる優しい空気が好きなんです。誰もが幸せそうで、みんなが嬉しそうな、心地よく弛緩した雰囲気が。」

 さっきとは打って変わって穏やかな笑顔で話す白川。

 「なんとなく言いたいことはわかる気がする。」

 「子供の頃からその空気を作ることが好きでした。だからそのためにみんなの調和を保つための努力は惜しみませんでした。」

 しかしその笑顔は自嘲を含んでいるように見えた。

 「そしてそれはいつしか努力ではなくなっていました。気づけばそれが私の自然な振る舞いとなっていました。」

 なんと心のきれいな女性であろうか。今時の日本には絶滅危惧種ではなかろうか。

 「だから斉藤くんに言われてこんな感覚を久々に思い出しました。」

 「お前にとってあの言葉はルーチンワーク的なものだったのか。」

 白川は頷く。

 「あのままだと調和が乱れると肌で感じ、半ば反射的にあの言葉が出たんだと思います。優しい雰囲気の綻びに気づいたんです。」

 俺はその時の白川の目線を見逃さなかった。

 その目線は一瞬前方を歩く眼鏡の女子の方を向いた。

 「・・・もう、さっきの答えはわかりましたよね?」

 「ああ・・・・・・」

 あの場面、緩いままで試合が始まっても大多数の人は文句を言わなかっただろう。多くの人がそれを望んでいただろうし、観客も誰も熱い試合を期待していなかった。

 あの空間でそういう試合をしても多くの人はそれを許しただろう。北本を除いては。

 チーム競技においてのやる気の差というものがどれだけの軋轢を生むか想像に難くない。

 しかし北本は絶対に文句は言わない。

 大多数がお遊び気分で試合をやっていても1人でそのやる気に折り合いをつけるだろう。

 北本はそういう人間だ。俺と同じで他人を変えようとするくらいなら自分を変える。緩い試合を許せる人になったふりをして、本当の自分を押し殺す。本当の自分に対しての過度のこだわりが、いかに自分を苦しめるか知っているから。

 だがそれは白川の言う調和とは全く違うものだ。

 そう、それは調和ではなく妥協であり諦めである。

 そこに白川が求める優しい空気が訪れることは決して無い。

 白川はそれを察したのだ。瞬時に、自然に、正確に、無意識に。

 そして白川は、問題にもなっていなかった問題を誰にも気づかれることなく解決した。

 不自然なほど自然な一言で。


 「さすが、目ざといですね。」

 「いや、そんなことはない・・・」

 俺は今まで白川の献身にどれだけ助けられてきたのだろう。

 きっとたくさん助けられてきた。

 だが俺は具体的な例が一つも出てこなかった。

 白川という優しい揺りかごに気づかないままあやされていた。

 そんな男のどこが目ざといといえるだろうか。



 「なあ、白川。」

 だからそんな俺は今はこう言うしかできない。

 「俺の調和にはお前も入っているからな。」

 せめて俺の前では本人が自覚していない無理をしないでほしい。

 人の幸せのために自己を犠牲にしなくてもいいということを知ってほしい。

 優しさを、自分にも向けてほしい。

 俺は心からそう思った。

 「・・・はいっ。」

 白川は笑っていた。明るく、自然に。

 夏の到来を感じさせる薫風が俺達の間を通り過ぎていった。

 


 ・・・まあなんだ、不幸にも気付いたのが俺だけだったみたいだが、それは自分の不運を恨んでくれ。

 


あけましておめでとうございます。

スローペースの更新ですが今年もよろしくお願いします。

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