51. プロフェッショナル モブの流儀
2日後の件の体育の授業が始まる前の休み時間。
体育館には体操着の男女がいるという今まででは見られない光景が広がっていた。
これまで男子は体育館、女子はおそらくグラウンドで体育をやっていた。
だから体育の時間にこれだけ人が集まっているのが新鮮に感じられる。
「始まったな・・・」
「ああ・・・・・・」
入り口から20mほど離れたところにある柱の陰は体育の時間の俺の定位置になっていた。
コートはそれなりによく見えるが教師の立っているところからは死角という絶好の位置だからだ。
いつもはここで授業前や授業中の空き時間を過ごしている。もちろん1人で。
しかし今日はすでに男子達がたむろしていた。
いつものこいつらはこんな場所で暇つぶしなどしていない。勝手にボールで遊んだり、よくわからない勉強の話で盛り上がったり、そもそもいなかったり、各々散らばって時間を潰していた。
だが今日は違った。
この謎の一体感は何に起因しているかは言うに及ばないだろう。
そうはいっても定位置は定位置だ。ここがベストポジションだし、新たな場所を探す気もない。輪には入らないが話は聞き取れる位置にそれとなく立っておこう。置物になるのは俺の数少ない特技のひとつである。
「・・・女子は何をやるか知っているか?」
「信頼できる情報筋によると俺達と同じだそうだ・・・」
「ということはつまり・・・・・・」
「ああ・・・バレーだ・・・・・・」
「ほう・・・・・・上出来だな・・・」
バカそうな男子たち(ただし俺より勉強はできる)は静かに燃えていた。楽しそうだなこいつら。
・・・・・・なるほどバレーか。
男子も今週から新しい種目になることになっていて、それがバレーだということも事前に聞かされていた。
・・・・・・それにしてもバレーか。
ふーん。
・・・俺は意味もなく窓の外を眺めた。
その時、体育館の空気が忽然と変わる。
「来たな・・・」
「おお・・・」
男子共(俺含む)は息を呑む。
入り口から姿を見せたのは、長い髪を結んポニーテールの白川だった。
普段見ない服装に、普段見ない髪型。ビジュアルの可憐さに特別感が相まって想像以上の破壊力を生み、男子から言葉を奪った。
その後も次々と女子が入ってくる。見覚えのある人もいれば全く見覚えのない人もいる。
俺は3組の女子すら全員は覚えていない。今この時初めて会う女子が混ざっていても気が付かないだろう。その程度の思い入れである。
その程度の思い入れだが別にそれが見ない理由にはならない。
気づけば3.4組の男子全員が集まっていた。優等生くんも、ちょっとちゃらいやつも、それらに属さぬキャラのない大多数の人間も、みんな入り口の方をちらちらと悟られぬよう、しかし見逃さないよう目で追っていた。多分女子にはバレているんだけどこういうところで無駄な偽装工作の努力をしてしまう気持ちはなんとなくわかってしまう。なぜなら俺も今同じ心境だからだ。
俺は高校に入ってはじめて集団行動というものを実践できたのかもしれない。
なんて思っていたそのときだった。
「あ、まさくーーーん」
男子の間にあった一体感は一瞬で消え去った。
俺はすっかり失念していた。
4組にはこいつがいることを・・・・・・
「おーーい」
声と声以外の何かを弾ませながらこちらへ駆けてくる。
こいつには恥の文化はないのか。
・・・さすがにここにいては男子共に殺される。
今もうすでに俺を射殺せんとばかりの視線が全身に刺さっている。
俺たちのかりそめの一体感は、終わった。再び同級生は敵となった。
「ねえ、なんで逃げるの?」
「そりゃ逃げるわ。殺される。」
「誰に?」
「お前以外の全員にだ。」
走って逃げるなんて恥ずかしいことは絶対できないので男子から離れた位置にささっと動いた後観念して佐々木に捕まった。
「?まあいいや、やっと授業中も一緒になれたね。」
「いやよくねえわ。俺の猫の額ほどのクラスの居場所がマイナス値になったわ。てか最近お前そんなキャラじゃなかっただろ。」
「そうなの・・・テストもあったりして・・・だから溜まってるんだよね、いろいろ・・・・・・」
「恐ろしいこと言い出すな!」
俺は全力で後ずさる。
男子の方からの殺意に満ちたものとは他に3つほど見られているような視線を感じたような気がしたがそれが誰かまで特定する余裕はこの時の俺にはもちろんなかった。
教師の簡単な挨拶と説明の後、男女に分かれてバレーコートの設営が始まった。
説明と言っても割と適当な教師なので後はお前らでやってくれ的なスタンスだった。
この緩い感じに戸惑っていた女子だが、男子の中のうるさい・・・ではなくて、でしゃばり・・・でもなく、リーダーシップのある方々が、顔見知りらしい女子のうるさい・・・以下略の方々に話しかけて授業の方針が決まったようだ。
それを聞いていたモブ達はおもむろに立ち上がる。彼らの以降に異議を唱えるものはいないようだ。
バレーコートに必要なネットが張られる。
どうやら女子同士で戦ったり、男女で戦ったりを交互にやるようだ。
まあ好きにやってくれ。俺は端の方で休んでるから。
俺は定位置に立ちながら現状に大いに満足していた。
どう考えても俺の霊圧は消えている。
やる気のある人が増え、自然とモブの影が薄くなる。
俺はモブどころか背景にすらなれるポテンシャルがある。そのことはこれまでの人生が裏付けている。
つまりどういうことかというと体育という時間はまるまる休み時間に代わったのである。
「ふぅ。」
そういうわけで柱の横に立つ動かない人という背景の一部になるべく精神統一を始める。
「ねえねえ、そんなところで何してるの?」
「見りゃわかるだろ、何もしてないんだよ。」
「相変わらずだね・・・」
「まあそう簡単に変わらないからな、人は。」
「そうかな?」
「ああ・・・」
そう。簡単には人は変わらない。
「ほら、お前の友達が不審そうにこっち見てるぞ。」
「じゃあ、わたし行くね。わたしのバレー見ててね。」
「はいはい。」
佐々木は友達のところへ走っていった。
友達と何を話しているかはわからないが楽しそうに笑っている。
その笑顔は俺達といるときとは違うものに見えた。
彼女が俺に見せる笑顔は何なのだろうか。
・・・まあ意味はないのかもしれない。
俺がいつもなんとなく生きているように、佐々木はいつもなんとなく楽んでいるんだろう。
俺は静かに涅槃に入った。




