50. 体育の存在意義
春クールのアニメが続々終わる時期になり、俺は毎日一抹の寂しさを感じていた。
本気で見ていたわけではないが、やはり3ヶ月ずっと見ていればそれなりの愛着が湧く。
起伏のあるアニメではそれなりに話に没頭したり、キャラが可愛いアニメにはそれなりに推しキャラができたりしていた。
あまり好き嫌いはしないので、たいていのアニメはそれなりに楽しめる。ハーレムものとスポ根ものを除けば。
その2つがそんなに楽しめない理由は共通している。
2つとも“俺にはありえない”からだ。
共感できないものを楽しめる才能は俺には備わっていないようで、終始真顔視聴となってしまう。
アニメの本数が増えた昨今では、惰性で見ることもなくなった。
事件もない、起伏もない、シリアスもない、そんな話が好きなのだ俺は。「なにもない日常」こそ至高なり。
・・・・・・ってなんでこんなことを語っているんだ俺は。
こんなどうでもいい話を考えているのは、ひとえに今の俺がクラスの盛り上がりに置いてけぼりにされているせいである。
色々あって前よりは真面目に授業を聞くようになった俺にとってHRの時間は癒やしだった。
癒やしとは外界から距離を置くことである。
これまた色々あって前より一人の時間が減ったので、ひとりでぼーっとできるHRは貴重な時間となっていた。
ぼーっと外を眺めたりぼーっとスマホのニュースを見たり、自由な時間に安らいでいたのだ。
・・・まあつまり何をいいたいのかと言うと話を何も聞いていなかった。
周りのざわめきに気付いた時には既に俺は陸の孤島になっていた。それはいつもか。
「なあ、なんかあったの?」
まわりの喧噪の理由を、喧噪に我関せずの隣の眼鏡女子に尋ねる。
ちなみにだか俺がクラスで話しかけられる女子は現状3人しかいない。中学時代から3人も増えたのは奇跡だろう。
「なんでも来週から体育が男女合同になるらしいですよ。」
さすが北本、聞いていなさそうな顔していてもしっかり聞いている。
どうせ今読んでいる本も俺が読むようなラノベとは違って小難しい本なのだろう。
「へえ。」
確かに盛り上がっているのは主に数少ない男子のように見える。
女子はどちらかと言うと戸惑いと嫌悪とその他もろもろといった表情だ。
「でもなんで突然。」
「堀江先生が産休でこれから学校に来れないらしいです。」
「ふーん。」
正直堀江ってのが誰なのかわからないが、確か男子担当の体育教師はそんな名前じゃなかったような気がするので女子担当の体育教師なのだろう。
「斉藤くんは嬉しくないんですか?」
「いや、別に。」
別に体育の時誰がにいようがいまいが、「体育滅べ」という俺の気持ちは変わらない。
「・・・・・・いや、そうでもないかも。」
男女云々はどうでもいいが人が増えるのはいいことかもしれない。
これまでの体育は男女に分かれていた。
なので男子組は実にこぢんまりとしていたのだ。
3.4組合同だが20人に満たなかった。
幸い男子の体育教師は熱血だったりはしないのでそこまで苦痛ではなかったが如何せん人が少ないので怠けていると目立つ。
一言で言うと疲れる授業なのだ。
だから女子でも何でも人が増えるのは嬉しい。
一人あたりの注目度も活動時間も減る。良いことしか無い。
「・・・・・・やっぱり男子なんですね。」
北本が蔑みの目を向けてくる。何を考えているかはだいたいわかるので一応否定する。
「失敬な。人増えればそれだけ休んでてもバレなくなりそうだから嬉しいのであって不純な気持ちは一切ない。」
「どうだか。」
「少なくともお前は大丈夫だ。」
「・・・・・・どういう意味でしょうか。」
「深い意味はない。」
「不快な意味はありそうな気がしたんですが。」
「気のせいだ。多分。」
そういうわけで体育が幾分楽になりそうだ。
内心俺はかなり喜んでいたがここで喜ぶと他の男子と同じになりそうだったので一応平静を装っていおいた。
・・・・・・けどまあほんの少しは女子の体操着に期待しておいても良い気がしないでもないけど。




