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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第1章 変わらない世界の改変
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4. 彼は部活動を始める。そして制服に感謝する。

 生まれてこの方、自分の見た目について深く考えたことがない。

 学校に行くときは制服だが、学校がない日はそもそも家から出ないため私服は数えるほどしかない。それもすべて母親が買ってきたものである。


 髪型にも特にこだわりはなく、よくある感じの男子っぽい髪型である。

 中学からの相棒である眼鏡も、中学生の俺が即決したやつを使い続けている。


 これまで誰にも告白されていないことからイケメンではないらしい。

 しかしブサイクすぎて校内の笑いものになった経験もない。



 つまりどこにでもいそうな見た目なのだろう。


 しかしそれはレア度0ということである。よく見るけどとりわけ好きになるようなものでもない、10円玉のような人間なのだろう。


 その上性格もいいとは言えない。いわば錆びた10円玉である。


 だから俺は自分自身をもてない男と結論づけている。

 お金が好きな人でも錆びた10円玉が好きなわけでもないように、男好きの人がいてもその男集合に俺は属されることはないだろう。


 そんな考えから現実での恋愛に何の期待もしていない。

 宝くじが売れるのは当たりが入っているからで、当たりのないくじなんて誰も買わない。

 そんなこんなで3次元の世界は見限った。




 なおこの考えと俺のアニメや漫画の趣味に一切の関連はない。


 今日も学校である。普段どおりに支度をして普段どおりの時間に家を出た。

 





 昼休みになり図書室へ向かう。慣れたものである。グラウンドに向かうであろう人の流れに逆行して校舎の奥へと進んでいく。


 いつも通り無造作に図書室の扉を開ける。どうせ誰もいない。


 しかし見慣れた扉の奥には見慣れない光景が広がっていた。

 



 誰かいる。

 


 公共のスペースなのだから知らない人がいるのは当然のことなのだが、やはり今までの閑散ぶりを知っていると驚くのも仕方ないことだろう。


 だが、人がいたからって特になにもない。

 別に俺は普段図書室で全裸になっているわけでも麻薬を吸っているわけでもない。

 人がいることに驚いているが、本来は人がいないとこに驚くべきなのである。


 開けるときとは対照的に扉を静かに閉め、例の場所に向かう。


 本棚の間に目をやる。女生徒だ。小さな体がこちらを一瞥する。


 女性との横をすり抜け、席につく。どうせ今日も勝てないだろうがほかにやることもないので麻雀を始める。



 ・・・。

 チャイムが鳴り教室に戻る。心なしかいつもよりリラックスできなかった気がする。






 放課後になった。早速図書室に向かおうとした時昨日のことを思い出す。


 そういや白川がなにか言っていたな。振り返ると白川の笑顔があった。


 「覚えていてくれてよかったです。」

 「いやまあ昨日のことだしな。」

 忘れかけてたけど。


 「では行きましょうか。」


 こんなかわいい子と二人で歩けるとは役得である。SSS部万歳。


 しかし周囲のクラスメイトは昨日と違い奇異の目を向けてくることはなかった。

 昼休みかどこかで部活の話をしたのだろう。白川のことだ、きっとうまく説明したに違いない。とにかく面倒なことにはならなそうだ。女の子と歩けることには多少嬉しさもあるが、それで面倒なことになるのは俺の平穏生活至上主義に反する。


 「部活のお話をしたら皆さん驚いていました。」

 「だろうな。」


 そりゃそうだ。よくわからない男とよくわからない部活を作ったんだ。


 「やっと放課後になりました。ずっと楽しみにしていたんですよ。」


 かわいらしい顔を向けてくる。思わず、そうだなと思ってもいないことを言いそうになったところでふと疑問が浮かんだ。



 「…ところで何をやるんだ?」

 「大丈夫です。いろいろ考えてきました。」

 「色々って、お前は編み物をするんじゃないのか。」

 「違います。斉藤くんが好きだと感じられるものを見つけることがこの部の活動です。」

 「ああ・・・。」

そうか、そんなのあったね。


 「まあ、その、なんだ、お手柔らかに頼む。」

 「ふふ。なんですそれ。」


 実験室へ輸送されるモルモットの気持ちを夢想しながら図書室の扉を開いた。


 当然誰もおらず部屋の奥へと向かう。


 いやいや、当然じゃなかったな。


 「そういえば今日の昼休みにここに来たら知らない人がいた。」

 「そうなんですか。でも図書室なんですから普通のことなのではないんですか?」


 「それがそうでもなくてな。この図書室驚くほど利用者がいないんだ。昼休みも放課後も人がいるのに遭遇したことがなかった。返却された本を置く箱にも本が入っているところを見たことがない。おそらく場所もあって誰も使わないのだろう。といってもまだ入学してそんなに日がたったわけじゃないから断定はできんが。」

 「言われてみれば放課後誰もいませんね。私ここが図書室だということを忘れてしまうことがあります。」


 白川ははにかむ。だがその気持もわかる。誰もいないことが当たり前なんじゃないかと、そう思えるくらい人が利用している形跡がない。実際この一角の部屋も扉を閉めることなくこうやって談笑している。本棚は多少見えるが、ちっとも図書室の中にいるとは思えない。


 「せっかく他の人が使わないんです。私達で存分に使いましょう。」


 そう言うやいなやカバンから編み物セットを取り出した。


 よかった、自分の世界に入ってくれるようだ。俺もそうさせてもらおう。


 漫画を取り出そうとカバンに手を伸ばそうとすると手を掴まれる。


 「では最初は私が手本を見せますので手の動かし方を覚えてください。

 「え?」

 「え?じゃないです。まずは私が得意な編み物の世界を体験してみてください。楽しいですよ、編み物。きっと斉藤くんも好きになれると思います!」


 ああ、やっぱ逃れられない感じ?

 ここから白川の熱血編み物講座が始まった。




 「うーん、ええとその、上手にできていると思いますよ?」

 酔った蜘蛛が作った巣の如き物体がそこにはあった。


 「すまん白川、俺は手先が不器用なんだ。」

 「そうみたいですね…」

 認めちゃったよ。それも仕方ないわな。


 「で、でもきっと続ければもっと上手になれます。」

 「別に俺は編み物をしたいとは一度も思ってないぞ…」

 「あうぅ。」


 返す言葉がないようだ。


 「悪かった。懇切丁寧に教えてくれたのにこんな出来で。」

 「い、いえ、私こそすみません。」


 「…まあ、まだ未知の分野は多い。まだまだこれからだ。」

 「そうですね!斉藤くんの手先でもできるジャンルはたくさんあるはずです。」

 「おう。」

 なんか微妙に失礼じゃないか?そうでもないか。


 「次は斉藤くんが好きそうなジャンルのものにしましょう。暇な時にすることはなにかありませんか?」


 確かに今回は編み物という人生で全く接点がなかったものに挑戦したのが悪かったのかもしれない。俺が好きそうなジャンルか。


 うーん強いてあげるのなら。


 「暇な時は麻雀か読書ばかりしているな。読書と言ってももっぱら漫画かアニメ化されたラノベだけど。」

 「私麻雀とはどういうものか全く知りません。」

 まあそうだろうな。今どきの女子高生が麻雀をやるとは思えない。漫画じゃあるまいし。


 「そうだろうな。あまり女子高生が麻雀をやるとは思えないし。」

 「今度私に教えてください。今日家に帰ったら自分で調べてみます。斉藤くんの好みを探すためには麻雀を知っておくのは有効かもしれません。」

 「え、でも結構面倒だぞ。面白いけど。」

 「大丈夫です。私勉強嫌いじゃないですし。娯楽のルールならきっと知っていて損ではありません。」

 「そうだろうけど。てかなんで俺のためにそこまでするんだ?」

 「えっ、いや、それはっ。そ、そうです、私人に色々教えるのが好きなんです。」

 そうなのか。立派な性格だ。将来は先生になればいい。


 「それなら明日は麻雀をやろうか。そうすれば今後対戦できるようになるな。」

 「いいですね。ぜひやりましょう。」

 「もういい時間だ。今日はもう帰ろう。」


 編み物の片付けをする白川の顔は夕日に照らされているせいか少し赤みがかって見えた。




 「今日はありがとう。」

 「えっ?」

 「いや、色々教えてくれたし。面倒だっただろ。」

 「いえいえ、私も楽しかったです。」

 「そうか。」

 俺にはよくわからない感性だ。わからないが、まあ白川も嫌じゃなさそうだしいいか。


 「じゃあな。」

 「また来週。」



 それになんだか俺も楽しかったしな。







 風呂に入りながらふと思う。


 白川は第一印象よりも近い存在なんじゃないか。


 はじめてみたときは深窓の令嬢かと思うような浮世離れした印象を受けた。

 しかし話しているうちにそうではないと感じることが多くなった。

 焼きそばが好きだったり、買い物当番の日があったりと話を聞いてみると案外庶民的である。


 人の第一印象とはかなり不正確なものなんだなと痛感した。見た目しか情報がない中で推測されたイメージなのだからそれも当然ではあるが。



 問題は、そうにもかかわらず人間は第一印象にかなり引っ張られて相手を解釈することである。



 見た目から印象を受けることは仕方のないだと思う。


 しかし、そのイメージを覆すのにはそれなりの手数がかかる。

 人類学や心理学を学んだことなんてあるわけないのであくまで勝手な想像だが、この性質は人間の変えられない本能なのだと思う。それくらい第一印象が人に与える影響はどうしようもなく大きい。


 俺はどうやら見た目の重要度を上方修正する必要がありそうだ。


 服は着られればいいと思っていた。髪型なんてどうでもいいと思っていた。

 しかし、自分がそうであるように他の人も俺と初めて会ううときは見た目から俺のイメージを生成する。そしてその効力はどうも侮ってはいけないものらしい。


 少しは身だしなみにも気を使ってみるか。人生で初めてそんなふうに思う。


 風呂から出て脱衣所で体を拭いていると洗濯かごが目に入る。

 思わず俺は笑ってしまった。


 どうやら今までこいつを過小評価していたようだ。



 「ああ、制服って楽でいいなぁ。」




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