31. 『こだわらない』というこだわり
動悸が収まり始める。
「いや、少し散歩をな。」
「こんな時間にですか。」
「ああ、眠れなくて。」
二人でソファーに座る。まさか本当に談話スペースとして使うことになるとは。
「てかなんで気づいた?」
間違いなく俺は死角に隠れた。こいつには透視能力があるんじゃないか?
「ソファーの影が不自然だったので。」
・・・そういや今日は月がよく出ていましたね。
月のせいで下手したら教師にお仕置きされるところだった。
「それに小さくなっている斉藤くんの顔も少し見えていました。」
ああそう。
「で、お前はトイレか?」
「そういうことは聞かないでくれるとありがたいのですが。」
「そうか。まさかお前も夜の散歩ってわけじゃないよな。」
「・・・ええ、まあ、そうですけど。」
なんか意味深な間があったような。
「もしかして、ほんとに散歩だったの?」
「散歩というか、少し部屋の外に出たくなっただけです。」
「なんだ、お前も枕変わると寝られないタイプか。つらいよなあ。」
「いえ、そういうわけではないです。」
違うんかい。
「じゃあなんで部屋から出てきた。部屋の奴らと喧嘩でもしたのか?」
「まさか。喧嘩するためには一定の交流が必要ですし。」
「たしかにな。」
俺もいままで誰かと喧嘩をしたことがないがその理由はひとえにこれであると思っているので首肯した。
・・・。
なんかこの返しは不自然じゃないか?
まるでルームメイトと交流がないような言い方である。
「ところで同じ部屋の人はもう寝てるか?」
「なんかずっと恋バナをしてますね。」
「だから出てきたのか。」
「・・・ええ、話にも入れませんし、興味もないので。」
なるほど。なんとなくさっきの意味深な間がわかった。
確かにこの合宿中北本がクラスメイトの女子と話しているところを見ていない。そういえばレクリエーションの時も・・・。
「斉藤くんもそうなんですか。」
「いや、俺は枕といびきのせいで寝られないだけだ。」
「そうですか。」
話が途切れたのでなんとなく窓の外を見る。
「最近斉藤くんは変わったと思います。」
「まだ会って1月も経ってないのにか?」
「はい、短い時間ですけど。少し柔和になったと思います。」
「・・・。」
柔和、というのはわからないが変わったことは自覚していた。
「お前らのせいで、いや、お前らのおかげで多少素直になったなとは感じてるよ。」
旅行気分がそうさせたのか、他人に話すようなことではないのにぽろっと口から出てしまった。
「素直?」
「ああ、なんていうかな、今までの俺はあらゆる物事に対して斜に構えていた。クラスメイトなんてどうせクラスが変われば消滅する、この合宿だって誰かに作られた虚構の娯楽だ。だから本気になってもしょうがない、楽しんでいる奴らは単純で馬鹿な奴だ。そんな風に考えていた。」
「なんとなくわかります。」
そうだろう。お前もどちらかというと物事をこう考えるタイプだ。
「実は前半の思考は今も俺の中にある。高校の友達など高校出れば他人になると思っているし、この合宿だって誰かに作られたものだと思いながら参加している。」
「・・・私もそうです。」
今度は北本が窓の外を見る。
「星がとてもよく見えますね。」
「ああ。」
・・・。
静寂のあと北本がゆっくり話しだした。
「学校という空間を好きだと思ったことはありませんでした。同じ土地に同じタイミングで生まれたというだけの人々と仲良くなることを強制される学校という空間が好きではありませんでした。
しかしそう思っていても学校という空間が変わることはありませんでした。変わるとしたら私が変わるしかありません。そして私は『こだわらないことにこだわる』ことを学びました。」
まるで自分のことを言われているような気分で北本の話を聞く。
「信じるから裏切られる。期待するからがっかりする。それならばはじめから信頼も期待もしなければいい、そういう風に考えるようになりました。人間関係なんて特にそうです。どうせいつか泡沫のように消失するのだから、本気で関わるだけ無駄だと考えていました。
それで私はいいと思っていました。他人に割く時間が減ることで自分に使う時間が増えました。これまでの自分の生き方に後悔はありません。」
「しかし、今日のように他人が近くにいると否が応でも他人が見えてきます。隣の芝生は青く見えるとはよく言ったもので、自分の考えに納得しながらも、自分以外が話している姿は楽しそうに見えます。」
「でもその時、過去の自分の思考が私を縛ります。この人達はくだらないことで盛り上がっているだけだと。」
どこかの窓が空いているのか、2人の間を肌寒い風が通り抜けていった。




