29. 天使と悪魔と普通の女子
「まずは分担を決めましょう。この中で普段料理をなさる方はいますか?」
白川が班員に聞く。しかし誰も手を挙げない。
「料理をしたことのあるかたは?」
「したことはあるけど・・・」
名の知らぬ女子は料理の経験があるようだ。
「・・・。」
隣のお方は先程から何も発していない。
北本、さては料理が全くできねえな。
「では私と竹田さんで調理をしましょうか。斉藤くんと北本さんは火を起こす担当をよろしくおねがいします。」
白川は北本の表情を見て忖度したようだ。なんともお優しい。ついでにお名前不明ちゃんの名前も教えてくれた。君が竹田か。
「了解。」「わかりました。」
俺と北本は火起こしの講習が行われるところへ移動する。
「斉藤くんは料理、したことありますか?」
「いいや、全く。」
「私は人には向き不向きがあると思います。」
「なんだ藪から棒に。」
「以前料理に挑戦したのですが、出来上がったのは名称不明の物質でした。」
意外だ。なんとなく北本はなんでもそれなりにできるイメージがあった。
「やっぱり女子は料理できた方がいいと思いますか?」
これまた意外だ。北本はこういう価値観とか固定観念とかを気にしない人だと思っていた。
しかしこいつもちゃんと女の子っぽさというか、女子らしさみたいなのを気にするんだな。案外かわいいところもある。
「どうだろうな。俺は料理が全くできないからやっぱり料理ができる女子をいいと思うな。」
「・・・」
「ただ、そんなに気にすることでもないだろう。人間、できないことのほうが多いんだ。ひとつやふたつ出来ないことがあっても誤差みたいなもんだ。それに料理はできる人が多い。できないことは人に頼ればいいんじゃないか?」
こいつのことだ、料理についてもかなり努力したはずだ。それでも出来ないなら出来ないと認めるのもありなのではないかと思う。
これは甘えなのかもしれない。物理的に不可能ではないのだから練習が足りないのかもしれない。
しかし料理にそこまでする価値はあるだろうか。必要性はあるだろうか。妥当性はあるだろうか。
俺はないと思う。
料理が出来る人は多くいる。実際さっきも班の半分は出来る人だった。
自分の出来ないことを適切に認識し、人に頼ることも必要な能力ではないだろうかと思うのだ。
「…やっぱり料理はできた方がいいですね。」
あれ。話聞いてた?もしかして伝え方がまずかったかな。
「まあ、お前がそうしたいならいいけど。それなら白川から教わればよかったのに。」
「いやいや!それは周りに迷惑がかかるので。」
「そんなことはないだろ。」
「カレーがカレーじゃなくなるかもしれないですよ。」
「…沢山火を起こすか。」
「…はい。」
そんなこんなで施設の職員による火起こし講座が始まった。
「おかえりなさい。」
白川と竹田は食材の下準備をしていた。
・・・。
白川におかえりなさいって言われるの、なんかいいな。
「な、なんだよ。」
いい気分でいる中、北本に袖を引っ張られる。
「早く火起こししましょう。」
「はいはい。」
まあ早く火を起こさないといけないのは確かだ。
早速薪をくべる。
「あー違います、それをそうで。」
「こう?」
「そうじゃなくて、そこをそうして。」
結局北本が先導してくれた。
脳の保存領域の不足のせいか、先刻教わったことも正しく記憶できていなかったようだ。
「ここに火をつければ上手く燃えると思います。」
「さすが北本。」
「なんでついさっき教わったことが出来ないんですか?」
「いやあ、それほどでも。」
北本は黙る。こういう冗談は通じないみたいだ。それか呆れているのか。
「もういいです。早く火をつけてください。」
「お前がほぼ作ったのにトリをやっていいのか?」
「斉藤くんにも仕事をしてもらいたいので。」
ああそう。
そういう訳で新聞紙に火をつける。
・・・。
あとはぼーっと火が燃え広がるのを見守るだけだ。
北本の薪くべ技術が高かったおかげか、特に空気を送ったりしなくてもよく燃えている。
「北本は休んでいてもいいぞ。あとは俺でもできるだろう。」
「うーん、でも一人で休んでいるのもなんだか気が引けます。」
「おーい白川。」
「はーい。」
すこし離れたところで下準備をしている白川になにか手伝えることはあるか聞いてみよう。
「俺たちやることなくなったんだがそっちでなにか手伝うことあるか?」
「それでしたら休んでいただいてていいですよ。」
「でも、なんか悪いような。」
「私達もやることはほぼ終わりましたし。」
さすがにそれはないだろう。俺でも遠慮していることはわかった。
北本を見る。なにやら他の班の調理組を見ているようだ。
・・・。
まったく、それならそうと言えばいいのに。お互いの遠慮が面倒な結果を生んでいることがわかった。
「実は俺、すこし料理に興味があるんだ。できれば少し手伝わせてほしい。北本もやらないか?」
「え、でも。」
「まあ、カレーはそう簡単に食えなくなることもないだろ。多分。」
「どういう意味ですか!」
いや、さっきお前が言ったことだろ。
「でも、よかったら私もお手伝いしたいです。」
「そうですか。ではお願いします。」
白川も察してくれたようで北本は次の仕事先を手に入れたようだ。
「ではまずはこのじゃがいもを切ってみてください。」
「わかりました。」
・・・。
無事お料理教室が開講したらしい。
では俺は適当にフェードアウトして焚き火の前ではんなりしていよう。
「じゃあ斉藤はこっちで野菜の皮全部むいて。」
・・・。
・・。
・。
竹田にも聞こえていたか・・・。
その後も結局飯盒担当大臣に任命され最後までがっつり働かされた。なんだか妙にご飯が多かったせいで骨が折れた。
「みなさんお疲れ様でした。」
まともな人が班の4分の3を占めていたおかげで事故もなくカレーとごはんが出来た。
「ではいただきましょうか。」
いただきますとみんなで合掌し、自分たちで作ったカレーを口に運ぶ。
「おいしー!」
「ちゃんとカレーの味がする。」
確かにそのカレーは美味しく出来ていた。誰かさんが炊いたごはんは少々水っぽい気がするが、カレーは完璧にできていた。レトルトとは思えない旨さだ。
「斉藤くんはどうですか?」
白川が聞いてくる。
「うまい。良く出来てる。さすが白川だ。」
「あのー私も作ったんだけどぉ~?」
「いやお前は野菜洗っただけだろ。」
「このにんじんたちを切ったのは私です。」
「誰が切ったって変わらんわ。」
「ひどい、もう食べないで。」
「そうです、カレー返してください。」
「素晴らしい洗浄力と卓越した切断技術のおかげでこのカレーは完成したんだな。2人には感謝しかない。ありがとう。」
「んー、なーんかひっかかるなあ。」
「まあまあ、みんなで仲良くいただきましょう。」
一番貢献した白川はとても謙虚だった。
しかしこのカレーは異常に美味く感じる。多少の労働のおかげか、外で食べているおかげか、かわいい女子が作ったものには魔法のスパイスがかかっているのか、ただのレトルトとはにわかに信じられない。
・・・。
無心で食べ続ける。
・・・。
なんか俺が食っているのを見られているような気がする。
まあ気にしなくてもいいだろう。
・・・。
ふう、美味しかった。男子という理由でなのか大盛りに盛られていたおかげで満腹だ。
「まだ沢山おかわりありますよ。」
えっ。
いやもう結構お腹いっぱいなんだけど。
てか狙ったようなタイミングだな。
「さあ。」
白川が皿を出すよう催促してくる。右手にはしゃもじが握られていた。
・・・。
ここで断るのは男の沽券に関わるってもんだ。
「・・・おう。じゃんじゃん入れてくれ。」
覚悟を決めた。
・・・。
・・。
・。
く、くるしい。3合くらい食わされたんじゃないか?飯盒2つって何合炊いたんだろうか。
「さすが男の子ですね。見ていて気持ちのいい食べっぷりでした!」
うちの班の飯盒はもう空っぽだ。
「あ、ああ・・・まあ俺にかかれば余裕よ。」
あんな嬉しそうによそう白川を見たら断れるわけがない。
「他の班では余っているみたいですよ、もらってきましょうか?」
横からにやにやした悪魔が鬼畜なことを言ってくる。調子乗りやがって。
こちらも反撃することにしよう。
「お前が食ったほうがいいんじゃないか?カレーは胸にいいらしいぞ。」
「今度余計なこと言ったらシャーペンで刺しますよ。」
「まあそんな気にするなって。」
笑いながら返答する。
「別にこれっぽっちも気にしていないです。」
「じゃあなんで皿持って立とうとしてるんだよ。」
「ただ食べ足りない気がしただけですけど。」
「ああそう。でもカレーが胸にいいっての嘘だぞ。」
「殺す。」
いやいや、北本はなんとも愉快だ。
「おふたりだけでなにお話しているんですか?」
白川が少し拗ねた顔で話に入ってこようとする。
「いや、実はな。」
「白川さんには関係のないことですっ。」
慌てて北本が止める。
「私は蚊帳の外なんですね。」
白川が悲しそうにしているので北本は焦っているようだ。
「と、とにかく片付けをしちゃいましょう。」
それからは全員で片付けをして、カレー作りはつつがなく終わった。
その間、北本の視線は冷たかった。




