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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第1章 変わらない世界の改変
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3. 彼は『好き』を知らない。そして『好き』と向き合い始める。

 俺の一日はアニメから始まる。学校に行く前に昨晩放送されたアニメを見るのが中学生からの日課なのである。

といってもアニメが大好きなオタクというわけではない。好きと公言できるほど真剣に見ているわけではない。録れているからなんとなく見ている程度である。


  録画予約しているのは誰だよと言われたら俺だが・・・。


 なにかを好きになるというのはそれなりに体力が要る。基本属性が引きこもりの俺には何かに対して熱中できるほどの燃料がないらしい。


 アニメを見終え登校の準備をする。ちなみに妹は所属するテニス部の朝練があるらしく俺が起きる前に朝早く登校していた。俺にはとても真似できない芸当である。


 それにしても通学路が短いというのは最高である。時間ギリギリまで愛する我が家にいられる。

5分で終わる通学路を歩きながら昨日のことを思い出す。


妹はとても驚いていたが、冷静に考えてみると確かにとんでもない展開になった。


 昨日は部活問題解決の嬉しさに気を取られていたが、つまりは万年背景要員だった俺が学年1の美少女と放課後毎日二人きりということが決まったということなのだ。


 ・・・。

 ・・。

 ・。


 だからなんだっていうのか。告白されたわけでも同棲が決まったわけでもない。


  白川からすれば、俺なんて飛びそうなレジャーシートを押さえるため重石に利用する近場に転がっていた小石程度の存在である。部活さえ作ることができればどんな小石であっても良かったのだろう。偶然ちょうどいい小石が俺だっただけに過ぎない。


 人間は偶然を自分勝手に解釈するきらいがある。テストで知らない問題が出たら偶然のせいにするが、テストで良い点が取れたときは決して偶然とは言わない。自身にとってプラスのことからは偶然という要素を排除しがちである。


 大して人間と関わってきたわけでもないのに人間という大きな対象に安易なレッテルを貼る遊びをしているうちに下駄箱に着いた。今日からいよいよ高校の授業が始まる。





 はじめての高校の授業を終えて昼休みとなった。あいかわらず背後では人だかりができている。昨日よりも白川の声が聞こえる気がする。


しかし振り返ったりする気も勇気もない。そもそもこれから白川が周囲の人とどう接していくかなんて関係ない。一度話しただけで関係者面するなど傲慢にもほどがある。


 そう思いながら足早に前の扉から図書室に向かった。


 図書室の扉を開ける。やっぱりじいさん以外は誰もいない。

 今日も麻雀をして昼休みを終えた。





 6限目が終わった。部活強制の制度を呪いながら教室を出ようとする。


 「待ってください斉藤さん。」


 振り向くと白川が不機嫌そうな目線を向けていた。


 「どうして一人でいっちゃうんですか。」


 「え、いや、えぇ。」

 単独行動専門家の俺の辞書には『誘う』の文字は無かった。


 「もういいです。とにかく一緒に行きましょう。」

 「お、おう。」


 二人して教室を出た。クラスメイトたちの唖然とした表情と、幾許かの羨望らしき目線には気づかないふりをした。平凡な日々がどんどん遠くなっているのは気のせいだろうか。



 図書室につき俺と白川は昨日と同じ位置の椅子に座る。


 「もう一度確認するが俺と二人で部活を作ることに後悔はないか?」


 「もちろんです。編み物に集中できるスペースが得られるのは嬉しいです。実はもう編み物の道具を持ってきちゃいました。」


 そういってカバンから毛糸のたまと編み物で使う木の棒を取り出した。ずいぶん気が早いことだ。


 「それに斉藤くんと話していると楽しい気分になります。」

 「まじで?」


 生まれて初めてそんな事言われた。お話経験値2の俺にそんな事を言ってくれる人がいるとは思わなかった。


 「編み物を始める前に部活の名前を決めてしまおう。」


 そうでしたと言って彼女は編み物の道具を横にずらした。

 

 「手芸部がある手前、編み物部とする訳にはいかないよな。」

 「そうですね。それに編み物部だと斉藤くんの要素が入ってません。」

 「いや俺の要素なんていれなくていいよ。」

 「そういうわけにも行きません。私だけの部活ではないんですから。斉藤くんは趣味や好きなことはなんですか?」


 俺の苦手な問いランキング第一位が飛び出した。


 趣味と自称できるものも好きと胸を張って言えるものを何も持っていない。アニメも麻雀もやっていて不愉快ではないという程度で、好きとは決して言えるレベルでない。非常に困った。

 しかたない、正直に打ち明けよう。


 「俺はなにかを本気で一途に好きになったことがないんだ。」

 「…そうなんですか。」

 「すまん…」


 そりゃ困るよな。




 「では斉藤くんが好きなものを見つける部にしましょう。」

 「は?」


 虚を突くスペシャリストがまたもとんでもないことを言い出した。


 「せっかくの部活動なんです。斉藤くんもなにか活動しましょう。」


 「いやいや、そんな面倒なことはしたくない。大体お前は編み物しているんだから部活動ったって個別に好きなことをやればいいだろ。」


 そう言い終えた時しまったと思った。語るに落ちた。



 「そうです。個別に好きなことをやるためには個人の好きなことがある必要があります。」

 「そう言ったってなぁ。俺一人では何すればいいかわからず結局麻雀をやってる光景が目に見えているぞ。」


 「私がいるじゃないですか。せっかくの高校生です。色々やってみましょうよ。」

 「編み物はどうするんだよ。」

 「編み物なんて家でもできます。」

 おい。お前がこの部活を始めようとした動機は何だった。


 しかし白川はどうやらかなりのやる気らしい。断ろうにも代案が思い浮かばない。それに白川のやる気が続くのもはじめの頃だろう。そう思い仕方なく承諾した。


 「そうしたってその名前じゃ駄目だ。俺が恥ずかしいし申請が通るとは思えん。」


 「そうですね。あ、じゃあ色々な娯楽を試すということからごらk」

 「それはだめだ。」


 「じゃあ斉藤くんが決めてください。」


 さてどうしよう。編み物部を否定したんだ、二人の要素を名前に入れるべきだろう。かといって堂々と編み物と入れる訳にはいかない。となると頭文字か。





 「・・・じゃあ『SSS部』ってのはどうだ?斉藤は好きなことを探す部、白川は手芸をする部、の略だ。申請する時は、Students study and seekの略ということにすればそれっぽいしいいだろう。」


 「いいです!すごくいいと思います。じゃあ、これから私達はSSS部ですね!」


 「ああ。まあ、なんだ。これからよろしく。」

 「はい!よろしくおねがいします!」

 「じゃあ部長よろしく。」


 「…えっ。」

 白川の表情が凍る。


 「俺は部長なんてめんどくさそうなことはしない。お前が言い出して始まった部活なんだ。ということで申請用紙書いといてくれ部長さん。」

 「まあそうなるだろうと思ってましたよ。」


 なんと頼もしい部長だろうか。感動しながら麻雀アプリを起動した。




 「私が部長となったからには私のいう事聞いてもらいますからね。」


 前言撤回。独裁政治の始まりである。帰りに職員室で退部届もらっておこう。






 その後白川は編み物を俺はカバンに忍ばせておいた漫画を読んで放課後を過ごした。


 「何を読んでいるんです?」

 「ああ、漫画。」

 「漫画お好きなんですか?」

 「うーんそれなりに?」

 「少し見せてもらってもいいですか?」

 「はい。」


特に断る理由もないので白川に渡す。


 「かわいらしい絵柄ですね。」


 「まあ、そうだな。絵のかわいさがその漫画の価値の98%を占めていると言っても過言ではない。」


 俺が読んでいたのは俗に萌え4コマと呼ばれるジャンルの漫画だった。このたぐいの漫画の真の価値というか良さは、作品に漂う優しい雰囲気だと思っているが白川に語る気はない。


 「斉藤くんはオタクと呼ばれる人なんですか?」


 その質問は誰も幸せにならないことは広く知られている。


 「い、いやあ、どうだろ。オタクと言えるほどの情熱はないな。」

 「そうなんですか。」

 「お前は漫画読むのか?」

 「ほぼ読みませんね。アニメはよく見ていますが。」

 「え!?」


 意外だ。俺の中で最も趣味に近いと言えるアニメ鑑賞の同志に出会えた。アニメの話をしたいわけじゃないが、同じ部活のメンバーとなったのだ。共通の話題があるのはいいことだろう。



 「日曜日に家族で夕ごはんを食べながら見るのが毎週の楽しみです。」


 あーね。






 おじいさんにはんこを押してもらった申請書を職員室に提出して昨日より少し早く帰路についた。


 「子供の頃から好きなものがなかったんですか?」


 校門を目指しながら他愛のない話が続く。


 「どうだったんだろうなぁ。あんま覚えてないけどそんなことはないと思う。」

 「子供の頃だからできたということも案外あるのかもしれませんね。」

 「ああ。」


 小さい頃は好きなものを好きだと言えた。好きなことに限らずとも頭の中のことを何の屈託もなく口にしていた。



 年をとるに連れて思っていることを誰かに言わなくなった。

 考えることが多くなって言い切れなくなったからだろうか。

 それとも自分が他人の話を無差別に鵜呑みにしなくなったからだろうか。

 何も知らなかったあの頃よりは知っていることが増えたからだろうか。


 いつからか他人に頼らなくなった。自分という存在を他人に依存させなくなった。

 幼い頃は親に、同級生に、先生に、自分の考えを正しく理解してもらうことを強要した。斉藤くんは自分で言うように何々が好きなんだね、何々な子なんだね、と言ってもらうことで安心できた。

 そのために好きなこと、思っていることを吹聴して回った。


 しかしある時この行為に虚しさを感じた。おそらく自分が他人の話を自分の脳で是非を判断するようになった頃だ。

 他人を自分で判断するようになるにつれ自分と他人とに絶対的な壁があるとわかった。

 俺の見ている他人は他人という存在ではなく俺が脳内で作った他人という写像なんだと悟った。


 いつしか俺は自分の話をしなくなった。






 「でも好きなものを見つけるは大切だと思います。」


 俺は返す言葉がなかった。そのとおりだと思ったからだ。


 他人との距離を認めてからはものの見方が客観的になった。すべての事象に不確かさを許容するようになったがゆえに、不確定なものと距離を取るようになった。脳内で確定することは論理的に説明できるもののみになった。


 しかしその意識は次第に自分自身にも向くようになった。

 好きなものに理由を求めるようになった。好きになったものに理由なんて無いなんて気障な文言があるが、もしかしたらそれは好きをいう感情を的確に表しているのかもしれない。

 なぜなら好きに理由を求めるようになると何も好きになれなくなるからだ。


 例えばカレーが好きだということを理由づけしよう。カレーが好きなのは辛いものが好きだからだ。なんで辛いものが好きなんだろう。舌に刺激を受けることが好きだからだ。ではなんで舌に刺激を受けることが好きなのだろうか。理由は舌に刺激を受けることが好きだからだ。好きなことに『理由』をつけていくと、いつかそれ自身が理由という『理由』が現れる。



 好きを許容するということは自分自身に説明不要な自分があることを認めることと等価である。


 説明できない感情的不確かな領域といってもいい。感情の理由はひとえにこの領域に求めればよいのだ。




 そうすれば友達ができるかもしれない。

 柄になくそんなことを思った。


 自分の中にある不確かな領域との接し方を学べばもしかしたら不確かさの塊と言える他人との接し方もわかるかもしれない。まずは自分の中の他人と向き合ってみるか、そう思えた。






「明日からの部活が少し楽しみになってきた。」

「ふふ。そうですね。」


一陣の春風が桜の花びらを連れ添って二人を通り抜けていく。


「ではまたあした。」

「じゃあな。」



遠くなっていく背中を見送りながらつぶやく。




「まあ、俺は別に友だちが欲しいとは思ってないけどな。」










 「で、学年1の美少女は何者なの?」


 妹は興味津々に聞いてくるの。どうやら母も気になっているらしくこちらをじっと見ている。


 「昨日行った通りだよ。新しい部活作ったってだけ。」


 「ちがーーう。そうじゃなくってなんでそんなかわいい子がおにぃみたいな日陰者と一緒に部活を作ったのかって聞いてるの。あ、もしかしておにぃがその子の弱みを握って脅迫した?やらしー。」


 失礼な分類をされた上にひどい誤解だ。


 「図書室で暇をつぶしてたら一緒に暇を潰せる部活を作ろうって向こうが言ってきたんだよ。」


 まあ大筋はこんな感じだろう。




 「ふーん。でもおにぃラッキーだね。入学2日目にして美少女とのフラグが立つなんて。」


 「そんないいもんでもないかもしれないけどな。」


 「またまた~」


 「ほっといてほしいのに色々絡んでくるし。」


 「なに彼氏面してんの。きも。」





 俺は心に25のダメージを受けた。


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