236. 君とはじめる新世界
下駄箱においていたカバンを持って校門を飛び出す。目的地は白川の家。
すでに泥だらけのせいか雨に濡れることは気にならなかった。
走って5分もしないうちに白川の家の前に着いた。急いでピンポンを押す。
「はい」
「白川?俺だけど」
「斉藤くん?というかどうしたんですかその格好!?」
「ちょっと、まぁ、色々あってな。とりあえず出てきてくれないか」
わかりましたと、白川はインターホンを切った。本当ならもう少し葛藤があったはずだが俺の姿をみてそれどころじゃなくなったのだろう。
マンションのエントランスで待っていると白川が息を切らせて現れた。
「ちょっとどうしたん・・・」
「白川、もうお前の心配することはなくなった。あの先輩には話をつけてきた」
「え、じゃあその傷」
「まぁそういうことだ。残念ながら俺には相手をボコボコにする力はなかったから一方的にやられただけだけどな。でも二度と白川に手出しをするなとは言った」
白川は首を振る。
「そんなことはいいんです。斉藤くんがこんな姿になるなんて、そんな・・・私のせいで・・・」
「違う。違うんだ。俺が白川を守りたいんだ」
「え?」
強い否定に白川も驚いたようだ。
「もう俺はお前を誰かに取られたくない。お前が隣にいない生活なんて考えられないんだ」
白川は口を手で抑えている。なにかを察したようだ。
「白川、好きだ」
そのセリフを言うにはあまりに不格好な姿。口は腫れ、髪と服は泥と雨でびちゃびちゃ。でも今この瞬間しか言えないと思った。
「ん!?」
言えた。そう安堵する間を与えられることなく俺の眼前に何かが飛んできた。いや正確には目の前ではなく口の前。というか前じゃなくて・・・
「斉藤くん、斉藤くん、はぁ、斉藤くん・・・・」
「ん~!?!?」
「大好き大好き大好き・・・」
俺は喋れない。息もできない。白川は両手で俺の頭を抑えながら俺の口に自分の口をつける。つけるどころじゃない。貪られている。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと苦しい死ぬ・・・」
「あ、ご、ごめんなさい」
酸欠で再び意識が遠のきかけたタイミングで拘束が解かれる。
眼の前の白川の顔は驚くほど紅潮していて、目はトロンとなっていて、肩で息をしていて、とにかく、その、すごいエロかった。
「私、夢中で、その・・・」
頬を両手で抑えてもじもじしている。が、正直もうその行動をするには遅い気がする。
「お前の服も泥がついちゃったな」
「いいんです。これは名誉の泥です」
「はは、なんだそりゃ」
もう体の痛みはどこかに行っていた。ただ目の前の人を守れた。そしてこれからも守れる。そのことが嬉しくて嬉しくて嬉しくて、それ以外のことは考えられなかった。
「私も大好きです!」
最後に白川が俺に抱きついてきて、また唇を重ねてきた。
ああ、この答えを出すのにずいぶんと時間がかかってしまった。
でも、答えが出たのなら、それでいい。次はこの世界を守るだけだ。
もう俺の世界は俺だけの世界じゃない。白川が俺の一部になった。
これが人を好きになるということなのか。これが人を大切に想うということなのか。
はじめて世界を見せてくれた人に、俺は自分の世界を奪われた。
でもそれが、こんなにも充実していて心地のいいものだとは、知らなかった。
「じゃあこのまま私の家でお風呂一緒に入ります?」
キスの直後、とろけた目でそんなことを平然と言ってくる白川。
「いや、さすがに・・・ちょっと・・・心の準備が」
「ほんと意気地なしですね。でもいいです。これからはずっと私といてくれるんですから」
「ああ、そうだな」
やっぱり白川の本性はまだわからない。
だけどそれもこれからの時間で徐々にわかっていくはずだ。その過程もきっと楽しい。
「これからもどうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしく!」
孤独の物語はここで閉じられた。ここからはふたりの物語が幕を開ける。
俺だけがいる世界は今日で終わった。そして今日から俺と君の世界が始まる。




