22. 危ういバランスの中で、しかし世界は廻り続ける。
下校の時間となった。今日は俺と佐々木が後ろの布陣だ。
「あっという間に終わったね~」
「そうだなあ。」
最近は俺もそう思うことが多い。
「今日はありがとうね。相談聞いてくれて。」
一瞬なんのことかわからなかった。
「ああ、いいんだよ。俺が気になっただけだから。」
「まさくんがお前のために聞くんじゃない!って言った意味がわかったかも。」
「誰々のためにって言い回し嫌いなんだよ俺が。だって人間の行動って突き詰めたら絶対自分が得になることしかしないわけじゃん。なのによくもまあ○○のためになんて言えるなあって。」
「でもほらボランティアとかやってる人いるじゃん。」
「あれも自己満足なんだよ、本質的には。ボランティアに従事している時間が、自分が好きだというのが根底にある。自分がやりたくもなく、さらに自腹を切っていやいやボランティアやってる人なんていないし、それはもうボランティアとは言わない。ただ・・・。」
「ただ?」
言うか言うまいか少し考える。
でもここまで離したんだからここで止めるのも不自然だろう。
しばしの逡巡のあと話を続ける。
「ただ、それが当てはまらない例外が2つある。」
一呼吸おいて結論を言う。
「それは友情と愛情だ。」
「それは…そうかもしれない。」
わたしバカだからそう言われればそんな気がするだけかもしれないけど、なんて言いながらもとりあえず納得してくれたようだ。
だから話を進める。
「真の友情は相手のことを考えて行動することをためらわずにできることだと思う。友達が嬉しいなら俺も嬉しい。この無自覚の献身こそが真の意味での友情なのだと思う。自分の子供が健やかであれば自分の犠牲は厭わない。ただ子供が元気でいれば自分はそれでいい。それこそが無償の愛情だと思っている。」
「まあ俺は友達もいなけりゃ親になったこともないんだがな。」
俺はそう嘯く。
「ううん。きっとそうなんだよ。そうであってほしい。」
こんな純粋な人間が現実にいるかはわからない。純粋な人間がこういう風に考えているかは知らない。
ただ、真の人間関係に取引は発生しない。そう思いたい。
その裏返しで俺は誰々のためにという恩を売るような、見返りを求めるような言い回しが嫌いなのだ。
「だが、京子なるやつの人となりを知らないから本心はわからないけどな。」
「きっと恩を売る気はなかったと思うよ。」
俺より親しい人間がそう言うならおそらくそうなのだろう。違うかもしれないが別にどうでもいい。本質はそこじゃない。
「しかし、聞き手はどう取ったかわからない。実際俺は恩着せがましく聞こえる。岡ちゃんやらもそうだったかもしれない。」
「うん。」
「言葉というものは危ういものだ。俺は常にそう思っている。」
佐々木は静かに聞いていた。
「自然言語は数学のように明快な定義がない。なのに異なる個体間で共通して使われている。そしてお互いが自分の定義、というか受け取り方で解釈する。すごいことだと思わないか?こう聞くと会話というものがとても危ういバランスで成り立っているように感じられてならない。」
だから言葉こそがその人間の総体なのだ。知っている世界は言葉によって脳内で解釈する。世界は言葉でできている。言葉の解釈さえ違えが同じ世界も違う解釈となる。
「うーーん。そんなこと言われたら明日から話すのが怖くなるなぁ。」
「まあ基本的に言葉の定義は共通しているからな。トマトという言葉で連想される野菜は俺たちで同じだろ?」
「たしかに。」
「重要なのは言葉の定義に差異があることを忘れないことだと思っている。将来誰かとの意見が食い違っても、これさえ忘れなければ自分を失うことはなくなる。」
だからこそ友情や愛情は難しいのだ。自己の言葉で相手を考える。ここに存在する矛盾が昇華された時、そこには確かな絆が生まれる、のかもしれない。
少し話しすぎてしまった。佐々木は聞き上手なのかもしれない。普段あまり人と話そうとは思わない俺だが、かなり話し込んでしまった。
佐々木の方に目をやる。
しかし佐々木は校舎の玄関の方をじっと見ていた。
俺も自然とそちらの方に目を遣る。
そこには仲良く話している二人組がいた。
「仲直りしたんだ・・・。よかった~」
「あれが京子と岡ちゃんか?」
「うん。」
さっき聞いていた話での人物像とは全く違う二人が仲良さそうに歩いていた。
「ねえ、あれが友情なのかな。」
「さあ、どうだろう。ただ、お互いを許し、認め合う関係はもう友情なんじゃないか?」
佐々木は静かにうなずいた。
さっきは友達もいない奴が偉そうにいろいろ言っていた。
しかしきっと世界はもっと単純なのだろう。
この人といたい、それだけでいい世界があるのだ。




