233. 先延ばしの代償
放課後になり、俺は真っ先に教室を出ようとする。覚悟が決まった以上、自分が最初に部室にいたいと思ったからだ。
だが北本に呼び止められる。
「斉藤くん、ちょっと!」
北本は急いで俺について教室から出てきた。
「ああ、すまん。今日はその、先に行っておこうと思って」
心が昂ぶっているせいもあるのか、いつになくはきはきと喋ってしまった。
「え?ちょちょっと、え?」
俺が答えて5秒後くらいだろうか、北本は俺の目を見たまま、その場から一切動かず、目もそらすことなく、つうーっと、一筋の涙が北本の頬を伝った。
「ごめんなさい、どうしよう」
北本の涙は止まらない。
教室のドアからそんなに遠くもなく、なにより廊下なので他の教室から出てくる人が怪訝な目で見てくる。
「と、とりあえず他のところに動こう」
北本の手を引いて、人が来ない図書室の方の階段まで移動した。
「どうした」
「あの、その、なんでもないんです」
「なんでもないってことはないだろ・・・」
戸惑う俺だが北本は首をふるだけ。なにより北本は俺の手をぎゅっと強く握って離そうとしない。どうしたものか。
部室に一番乗りする計画は失敗に終わった。かと言っても北本を無視するなんてことはできない。
「あー、っと、どうしよう」
北本の手を持ったまま、今座っている階段からとりあえず立ち上がろうとする。その行動には特に意味はなかった。強いていえば尻が冷たくて反射的に立とうとしてしまった格好に近い。
「どこにも、行かないで・・・お願いだから」
だがその行動が思わぬ声を生む。
「え」
俺の戸惑いの声に、北本の目は再び決壊する。だが今回はもう、口の方も抑えが効かなくなったようだ。
「やめてください、考え直してください、お願い・・・だから」
北本は泣きながら言葉を続ける。
「白川さんだけのものに、ならないでください・・・・・・」
俺は自分の鈍さにほとほと嫌になった。北本は教室を出た瞬間に気がついてしまったのだ。俺が覚悟を決めたこと。答えを出したことに。
「私は2番目でもいいです、3番目でもいいんです」
一言一言に涙が交じる。
「だからお願い、私の前から消えないで・・・」
北本の指が痛いほど俺の手に突き刺さる。きっと指の形に真っ赤になっているだろう。
本当に俺は恵まれている。ずっとこの状態でいたいと思い先延ばしにしていたツケが回ってきたのだ。
北本には悪いことをした。俺は気づいていたはずなんだ。北本の気持ちに。
でも・・・
「ごめん、北本」
北本と居るときが一番気楽だった。素の自分でいられた。これまでの自分が肯定されている気がして、居心地の良い世界だった。
でもな・・・
「俺、白川が好きなんだ」
だけど、ごめん。北本と居ると俺はずっと甘えてしまう。あまりにも近いから、近いからこそ、一緒にいられない。
北本とのいる時間が良いからこそ、あまりにも安心できるからこそ、北本を選べないんだ。




