221. 俺の知らない彼女の姿
放課後、俺はせっせと黒板を掃除していた。日直は放課後黒板付近の掃除をして日誌を書き、職員室に届けなくてはならない。
結局ぞうきんで水拭きをするのが正解なのか不正解なのか知らない黒板の掃除。余計なことをやって怒られるのも面倒な俺は、もちろんそんな危ない橋を渡るようなことはしない。
文句を言われないであろう程度まで黒板とチョーク置き場をきれいにしてさっさと掃除を終わらせる。教室掃除担当が机を並べ終わるのを教室の端でぼーっと眺めながら待つ。日誌さえ前もって書いておけばこのタイミングで帰れたのにと日直になるたびに思っているが、日直が来る頃には毎回忘れている。
誰の何のためにやっているか知っている人がいたら教えてほしいのだが、日誌で今日の時間割を書くのにどういう意味があるのだろう。担任が知らないはずがないし、仮に知らなかったとしても放課後知ったところで全く役にも立たないはずだ。
そんな文句を頭に浮かべながら、コメントを書かないといけない欄をひたすら「特になし」で埋めていく。教室にはさっきまで掃除をしていた人たちがくっちゃべっている。ふと放生の一件を思い出し、なんとも居心地が悪くなった。
カバンを背負い、片手に日誌を持って教室を出る。日直のときくらいしか行かない職員室を目指す。
特に会話をすることもなく、さっと担任に日誌を渡して無事日直を仕事を終える。さすがに今日は俺が図書室到着最後だろうと予想しながら職員室を後にする。
ここで俺は不意に思った。思ってしまった。どうせ最後だし遠回りして図書室を目指そうと。今日はもう教室に帰らなくてもいいようにカバンを持っている。だからもう一度教室に戻ってそこから図書室に向かうという最短経路を通る必要がない。
そんなわけで職員室を出て、今来た道と逆の方向に歩き始めた。
寒空の下、元気に走り回っている運動部に心のなかで敬礼しつつ、校舎の中の初めて通るような場所を歩いていく。やはり初めて歩くだけあって見慣れない風景が見える。それは教室の並びもそうだし、窓から見える外の景色もそうだ。いつもは見えないようなグラウンドの端や、校舎の影も見ることができた。
だから俺は目を疑った。
長い髪、大きな目、優美な立ち姿。初めて見る避難階段の下に、よく見た顔があったから。
しかも"そいつ"は、知らない男とふたりで喋っている。男は遠目でもわかる長身、なんとなくガラが悪そうに見えた。
俺は窓の前から去ろうと何度も足に力を込めた。だが、体は動こうとしない。
そういえばこれまで何度もあった。
"ひとり"だけ遅れて図書室に来ることが。
俺はやっとの思いで視線をそらし、その場から去った。
そして何かに急かされるように、いや、脳裏に焼き付いた光景を振り切るように走るような早足で図書室に向かった。
「ごめん、日直で遅れた」
「おつかれ~」
やはり他の人は図書室に揃っていた。
俺は平然といつもの椅子に座った。
予想は外れた。俺は最後ではなかった。
深呼吸をしているとバレないようにゆっくりと息をして、ようやく鼓動が落ち着いた頃に白川はいつもの微笑みをたたえて、何事もなかったように俺の隣に座ったのだった。
「寒いですね~今日は特に」
さっきの出来事をおくびにも出さずに談笑を始めた白川の方に、俺は顔を向けることはできなかった。




