213. You can't be alone by yourself
見慣れた廊下、見慣れた階段、見慣れたリビング。いつもと変わらない。変わらないはずなのに色がない。音は遠い。灰色の直方体に押し込められたような錯覚に陥る。
氷枕を急いで冷凍庫にしまった。俺は思わず寝間着のまま縁側に出た。晴れてはいるが、肌寒さを感じる。空の青さが冷たく映る。
ウィーーーーーーーン。
どこからだろう、近所の家から掃除機の音が聞こえてきた。耳をすませば皿洗いの音だろうか、皿同士が当たるような音、テレビのコメンテーターのおじさんの声、椅子を引く音。かすかであるが、色んな音がたしかに耳に入ってくる。
いつもなら気にも留めないだろう。そんなただの雑音にすぎないはずなのに、その耳障りな音たちがなぜか今はとてもあたたかく聞こえた。
その騒音にはたしかな人の存在を感じられたからかもしれない。
リビングに戻り席に着く。さっき冷凍庫に寄ったときついでに出した麦茶を飲みながらリモコンでテレビを付ける。
平日の昼過ぎ、見たことない番組しかやっていない。というかキャスターとコメンテーターが違うだけでどのチャンネルも全部同じようなワイドショーしかやっていなかった。
うるさいだけだったのですぐにテレビを消した。
はぁ、母さんいつ帰ってくるんだろう。綾は今日も遅くなるのだろうか。いつもは気にもとめない家族のことが頭に浮かぶ。きっとそれは生気を感じないリビングのせいだ。
体のだるさを言い訳にしてリビングから自室へ戻ってきた。ここならひとりでいることを気にさせない。
天井を眺めながら、孤独を感じたのはいつ以来だろうかとぼんやり思った。
物心ついたときから一人でいることが多かったように思う。小学生、クラスメイトが外でドッジボールをやると走って出ていったときも、中学生でサッカーが流行ってクラス中の男子が休み時間のたびにグラウンドに集合したときも、休み時間は教室にいた。
窓が開け放たれた昼休みの教室は授業の時とは趣を異にしていた。授業中の圧迫から解き放たれたその箱は不思議な浮遊感があった。
小学校でも中学校でも高校でも教室であることは共通しているはずなのだが、なぜか今はこう感じない。小学校のときの教室には特有の爽やかさがあった。
俺は純粋にそんな教室が好きだった。いつもは一緒にいる義理もないような連中と詰め込まれている教室が、人の少ない昼休みにはとても広く感じた。そんな中で読む漫画は格別だった。
今思うといじめられなかったことが幸運にも思えるくらい俺はクラスで浮いていた。傍から見れば孤立であったに違いない。
しかし当の本人の俺は全く孤独を感じていなかった。グラウンドの集団から逸れた個体という事実を気にしていなかった。
かといってそのグラウンド集団というマジョリティーを馬鹿にする気持ちもなかった。
つまり他の存在に興味がなかった。
「ひとりでいること」と「孤独」であることの違いは、「ひとりでいないこと」への憧れ・羨望・嫉妬・焦燥の有無なのではないか思う。
昔はひとりでいること以外知らなかった。人を知らなかった。なによりそれで良いと思っていた。知るための行動を起こす必要も機会もなかった。
だから、ひとりでいられた。
だが今の俺はひとりでいないことを知ってしまった。
いつしか周りに人がいることが当たり前になっていた。その環境に心地よく浸かっていた。
しかしこの部屋には俺しかいない。この家には俺しかいない。俺の知覚できる世界には俺しかいない。
だから俺は初めて孤独を知った。




