208. やめりゃいいじゃん、いやならば。にげりゃいいじゃん、つらいなら
とっさに俺は息を吸う。「俺はあなたを傷つけたいわけでも苦しめたいわけでもないんです」という取り繕う言葉を言うための準備だとすぐに自覚できた。
でも自覚できたおかげで、その言葉を言うという逃げをせずに済んだ。
安易に取り繕うこと、楽をすることはせず、俺はもう一歩踏み込む。放生が本当は冷静で頭のいい女性だと信じているから。
「ちょっと考えてみてください。クラスのみんなはどんな先生が理想像なのでしょう。」
ほんのすこしの間を置く。
「おそらく人それぞれ違うと思います。例えば俺にとっての理想の先生とは、とにかく何もしてこない先生です。邪魔しなければなんでもいい。でも他の人にとっては違うはず。例えば『わかりやすい授業』とか『話しやすい間柄』とか、まぁ色々あるでしょう。
実際にどうかはわかりませんが、確実に言えることはクラス全員の理想の共通集合は限りなく空集合に近いということです。
だから取れる選択肢は2つ。全員にとって40点くらいの平均的教師を目指すか、ある人にとって100点である人にとって1点の極端な教師を目指すか、それしかないと思っています」
これはなにも教師に限った話ではない。生徒にだって同じことが言える。職業や立場の問題ではなく、ただ人と人の間にあるありふれた話。
「この現実をわかっていてそれを割り切れる人か、あらゆるしがらみを凌駕するほどの圧倒的な人望があって且つ子供が大好きな人か、他人の感情に鈍感な人。こういう人のうちで他の職業を選ばない理由がある人だけが教師に向いている、教師になるべき人だと俺は思います」
素早くつばを飲み込み、間髪入れず話し続ける。
「これが2つ目の理由です。あなたという人間が人生を賭けるやりがいやリターンが本当に教師にはあるのでしょうか。教師だけにあるのでしょうか。
縦んばあるとしても、それは他の職ではもっと容易に、または楽しく、または多く得られる可能性はないのでしょうか」
「俺にはこの可能性を排除できる自信がありません。」
もしかしたら普通の会社の事務員や、同じような系統の仕事だとしても塾の先生や保育士など、選択肢は山のようにある。
「学校という環境、教職という世界より、『放生』のコインの表が出やすい世界というのも、この世にはあるのではないでしょうか。あなたは「教師」なる職業に囚われすぎているのではないでしょうか」
自分の口が熱くなっていることを嫌というほど自覚しながら大きく息を吸う。
「これが、俺の本心のすべてです」




