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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第10章 終わりがあるから始められる
211/241

207. いつでも人は気まぐれで他人を殺す





 「・・・そんなにわかりやすく嫌われてるのかな、わたし?」

 放生の声は存外明るかった。だがそのことが余計つらく響く。


 「いや、むしろわかりにくかった。クラスの女子だってもう高校生だしそんなに簡単に感情をリアルで表には出さない。対象が2週間限定だとわかっているならなおさら、ね」

 そう、おそらくあの陰口を聞かなければ、この事件は事件ではなかった。


 言ってみれば放生の登場は近所で始まった道路工事のようなものだった。やる意義もわかるし、数日経てば工事が終わるとわかっていたら、多少鬱陶しく感じてもわざわざ作業員にクレームを言うという人は少数派。多くの人は良い気持ちにはならないまでも、それを表には出さない。むしろ作業員に会ったら「お疲れ様です」なんて言ってにこにこするかもしれない。


 「じゃあなんで・・・」

 じゃあなんで君は"こんなこと"が起こることに驚かないの?予想できていたの?

 言葉にせずとも聞こえてきた。


 おそらく俺と放生を分けたもののひとつは情報量だ。岡目八目というやつで、見えていた風景も多いし第三者であることによる冷静さもあった。

 わかりにくい、なんて言ったが、傍から見れば休み時間の放生と女子とのやりとりの様子はそこまでわかりにくいというものではなかった。

 だがこれを今詳しく喋ってもただの自慢、事後孔明というやつだ。


 だから俺が言いたいことはそうじゃない。結果ではなく導出・過程。

 「俺が思うに、今回のこれはただの結果なんですよ。今回こういうことが起こったのは、言うならばただコインの裏が出たのと同じなんです」

 「えっと・・・」

 そう漏らして困惑の表情を浮かべる。

 いかん、一気に話が飛んでしまった。伝わるように言い直す。


 「つまり俺が驚いてあなたが予想通りと思うような結末、例えば最終日の今日、生徒から花束なんか贈られたら俺はびっくり仰天すると思うが、あんたはきっと驚きつつも『意外性』という点では予想の範疇だったはずだ」

 「・・・」

 放生は何も言わないで考えている。ここで照れ隠しにすぐ否定しないあたり、俺の言葉をちゃんと聞いてくれていることがわかる。


 「花束のような好感情の具体化は表。陰口などの生徒による悪感情の発露が裏。あなたが初日俺たちに教育実習の挨拶をした瞬間に投げられたコインが今日床に落ちただけなんです。そして今回はそのコインは裏だった」


 正確には今回"も"だろうが。


 「もちろん何も起こらないというのが9割くらいあった。それ以上あったかもしれない。とにかくつまりはコインは投げられないことのほうが多い。

  だが残り1割、否応なしにコインは投げられ、観測可能なかたちで落ちる。俺はその場合の結果に対して裏に張った。あなたは内心、どちらかというと表に張ったはずだ。


  幸か不幸か、このコインは前回も今回もあんたの前で落ちた。



  そして、2回ともコインは裏だった」



 ・・・・・・・・・・・・。



 これまでで一番の沈黙の時間が流れる。気づけば俺のズボンはもうずぶ濡れでグレーが濃くなっていた。


 「・・・るほど、表裏、か・・・」


 とても小さな声が不意に聞こえてきた。

 もう一度深呼吸して続ける。

 「これが1つ目の理由のあなたを苦しめるギャップの正体だと俺は思っています。『放生』というコインが教育現場で投げられる際、果たして表裏どちらが多く出るのでしょうか。」


 「その確率はあなたが思っているものとどれだけズレがあるでしょうか。あなたが表が出るようにしていた行為が本当に表が出る確率を上げるものだったのでしょうか。裏が出た時、それを受け入れる覚悟があなたにはあるでしょうか」




 俺は不意に自分がひどい猫背になっていることに気が付きすっと背筋を伸ばした。


 そのおかげで目に入る景色が移り、傘の柄を持つ放生の手が震えていることに気づいた。


 そして俺は、あ、っと思った。しまったと思った。




 放生は唇をかみしめて、声を出さずに、泣いていた。


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