206. 俺の世界のコップにはいつも水が半分しか入っていない
「そ・・・・・・」
「そう、かもしれません。俺から見る限り、このまま教職を目指すことがあなたにとって最善とは、どうしても思えません」
俺は濡れた自分の膝を見つめながらそう答えた。
「・・・きみ、本当に正直ものだね」
1秒とも10秒とも思える間を置いて放生の声が発せられる。
「優しい嘘が優しいとは俺は思っていないので」
対して俺は間を開けずに答える。
刹那、放生の目が変わる。
「・・・・・・傘、持つよ」
これまでずっと俺が持ってふたりを包んでいた傘の柄が放生の手に移る。
このことが俺には「続きを話せ」と放生に促されたように思えた。
「理由はいくつかありますが、大きくは2つ。」
深呼吸をする。
「あなたが思い描く理想があまりに現実とかけ離れていて、そのギャップを埋める努力が教師を目指す意義を失わせることにつながる懸念があることが1つ。もう1つは世界に無限にある仕事の中で教師という仕事があなたにとって最良解とは思えないこと」
放生は無言で、だが俺をじっと見ている。
俺は頭の中で必死に話を組み立てる。どう伝えるのがわかりやすく、聞きやすいか、全力で頭を働かせる。
「最初の挨拶で確か特技は人間観察と言ってましたよね。実は、俺もそうなんです。俺の場合はあなたの仲良くなる手段のような友好的なものではなく、むしろ逆。自己防衛の手段として。自分以外の人間をまず敵対に近い関係として捉え、それを緩和もしくは訂正する根拠を探すという目的で相手を観察しています。
なんでこんなことをするのか、ということは答えられません。というか理由なんてありません。ただ俺が安易に人を信じられないから。生まれ持った臆病さが育んだ特技だと思ってもらって構いません。」
視線を自分の膝から、並んでいる放生の膝に動かす。
「この特技、自分で他の人に話したのは初めてです。やっぱり自称するのはなんとなく恥ずかしいし、言う機会もありませんでしたからね。でも今回はこの特技のおかげであなたを見つけることができました
同じ目的で相手と対峙しても私とあなたは全く反対の見え方がすると思います。ちょうど性善説と性悪説のように。同じ『ゼロ』という答えにたどり着くとしても、あなたはプラスから、俺はマイナスから近づくでしょう。」
同じものを見ていても、人によって見え方は違う。
だから導かれる結論も、面白いほど違ってくる。
「あなたは今回の悪口の件、起こることなど夢にも思っていなかったんじゃないでしょうか?」
俺はあえて強い調子で、そして放生の目を見て、まっすぐ伝えた。
「でも、俺から見れば起きてもなんの驚きもありませんでした」




