203. 撃っていいのは
反応のない放生を見下しながら俺は「会話」について改めて思考を巡らせる。
言葉を通した意思疎通は最もプリミティブなコミュニケーション手段だ。道具もいらないし同じ言葉を話す相手であれば誰にでも通じる。だから行う頻度も高いし回数も多い。
しかし、いやだからこそ、それが持つ曖昧さと責任を忘れがちだ。行うならば、踏み込むならば、それ相応の(しばしば期待の埒外の)反応があること・それらを想像し準備する責任を負うことを覚悟しなくてはならない。
会話にいちいちそんなこと考えていられない?実際はそういう人のほうがマジョリティだろう。
だが俺に言わせれば、これくらいの覚悟を無意識に出来ないようなやつはむやみにコミュニケーションをすべきではない。
真のコミュ障は会話が出来ない人ではなく配慮のない自分勝手な発言をする者だと俺には思えてならない。
だからこそ、今の放生の態度には少々幼稚さを感じていた。何度も言うが陰口は良くないことには変わりない。が、あの程度のことで取り乱す人間ならば休み時間に見られたあの種のコミュニケーションをすべきではない、と俺には思えた。
「なかなか厳しいね・・・」
放生の作り笑いにちょっと胸が痛んだ。確かに人が泣いているタイミングで言う内容としては不適当だったかもしれない。
「でも・・・」
語気が強まる。
「これは俺があんたのことを嫌いじゃないから。わかってくれると思っているから伝えているんです。あんたのことをどうでもいいと思っていたら今頃慰めの言葉を言ってごまかしていたか、そもそもここにいません」
俺は毅然と言い放つ。
そう、今のこの会話には俺の本心しかない。なんでこんなことを伝えているか、それは俺が放生を心の底で嫌っていない、諦めていないから、放生が今後教師をするにあたって生徒とのコミュニケーションでこのような衝突が起きてほしくないと心の底から思っているからだ。
何度目の空白の時間だろうか。会話のキャッチボールというにはあまりにスローな今の会話には何度も会話が途切れる場面があった。
聞こえるのは雨の音。遠くを走る車が水たまりを蹴る音。その忙しない音が俺たちの会話のスローテンポをより際立たせた。
「実はわたし、教育実習はじめてじゃないの」
これ以上会話が生まれなかったら傘を置いて走って部室に帰ろうかと思っていたタイミングで、ぽつりと放生が吐露し始めた。




