200. 悲しみは樹より滴り背に流る
玄関に着き外の音がより大きくなる。
窓から見えていた通り、外はやはり傘を差さないという選択は取れないほどの雨だ。朝から曇天で天気予報も聞いていたので傘は持ってきている。教師に見つかると面倒なので早く入り口付近から去りたい。
下駄箱の横にあるクラスメイトのたくさんの傘が差さっている傘立てから自分の傘を探す。幅を効かせたもの、行儀よく畳まれているもの、他の傘に絡まっているもの、傘立てからはみ出したもの。三者三様の傘が乱雑に突き刺さった束をかき分ける。幸い差した順番が遅かったようで自分の傘はすぐに見つかった。
玄関を出た俺は他の場所に目もくれずグラウンドを目指す。いや、正確には『グラウンドの近くにある大きな木の下のベンチ』を目指す。
そう、放生との会話で出てきた場所。彼女がこの高校に通っていた時代にいつも本を読んでいたという場所。きっと当時から、彼女が一人になれる、そんなお気に入りの場所。
もし女子トイレ以外にいるとしたらもうあそこしか候補がない。雨の中、そんなところに行くかなとも思うが、確認しないで部室に帰るというのは何より自分が納得できなかった。
舗装された道が終わり、足元の硬さを失う。
水を含んだグラウンドの土の嫌な感触を味わいながら、放生が雨の中「そこ」にいてほしくないような、でも自分の考えが当たってほしいような、そんな背反した気持ちを抱えながら歩みを進める。
べちゃっ・・・べちゃっ・・・。
目的の大きな木がだんだんと近づいてくる。
できればいないでくれ。
べちゃっ・・・べちゃっ・・・。
ぼやける遠景に目を凝らす。
いや、やっぱりいてくれ。
べちゃっ・・・。
せめて傘は差していてくれ。
・・・。
ぬかるんだ足音が止む。
俺は覚悟を決めて、小さくなっている濡れた背中を自分の傘に入れつつ驚かせないようにゆっくりと話しかけた。
「風邪、引きますよ」
傘に木の枝から零れる大きな水滴が当たる音が俺たちの周りに鈍く響いた。




