196. 秘匿は雄弁に語る
その後来週以降の連絡事項が吉野から伝えられ、つつがなくSHRが終わる。さてさて、いつもどおり部室に向かうか。
今日は俺の隣の列、つまり白川の列が掃除当番だ。
周りが帰宅準備をばたばた始める合間を縫い、カバンのベルトを片方だけ肩にかけ帰る準備をする北本の横に移動する。
「行くか」
北本は準備ができたようで何も言わずうなずく。それを横目で確認して俺たちはクラス後方のドアに向かって歩き出した。
「お前も放生に話しかけられた?」
普段、部室に向かう道中は話をしたりしなかったりするが、今日は放生の挨拶を直前に聞いていたこともあり頭に放生のことがあった。
「ええ、3回ほど」
ちゃんと北本にも話しかけていたことにちょっと安心。というか俺より多い。
「どんな話した?」
歩調に合わせて話がはずむ。
えーっと、と北本は思い出す。
「授業内容について質問したのが主だった内容だったような」
いかにもこいつらしい。
「ははは、らしいな」
俺の率直な感想に北本も少し笑う。
「放生先生、私の細かい質問にもすぐに答えてくださいました。おそらくとても熱心に授業の内容を準備していらっしゃったと思います」
内容からも話しぶりからも放生に対して好意的な印象を持っていることがうかがえる。
「まぁそうだろうなぁ」
この話を聞いても特段驚きはなかった。放生の生真面目さからしてきっと自分が教壇に立たない授業の内容もかなり予習していそうだ。
これは俺の彼女へのある種の信頼だ。この2週間で俺にとっての放生の評価は「それくらいしていても普通」と思える人間というわけだ。
「そういや放生、この高校出身って知ってた?」
「あ、そうなんですか」
知らなかったです、と北本はちょっと驚いている。やはり一般に話していることじゃないみたいだ。
「らしい」
ま、俺も体育の時間に盗み聞いただけだが。
「へぇー・・・」
北本は人差し指で自分のメガネを直しながら少し間をおいてこう続けた。
「それなら最初の挨拶に自分から言っても良さそうなものですけどね」
ちょうど図書室に着く直前の北本の言葉に歩みが止まった。
確かに北本の言う通りだ。まさに最初の挨拶に持って来いのネタじゃないか。言っても良さそうどころか、むしろ言わないことが不自然にすら感じられる。
俺が体育の時間に男子からこのことを聞いた時に感じたぼんやりとした違和感はこれだったのか。
となると、なぜ言わなかったのかという方が気になってくる。
・・・。
「どうしたんですか?」
北本が図書室の扉を開けて待っていてくれた。
「悪い悪い」
どうせ確認する術もないし、どうしようもないしどうでもいいことだ。俺はもう考えることはやめて早歩きで図書室に入室した。




