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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第1章 変わらない世界の改変
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2. 彼は孤独を失う。そしてなにかを得る。

 5時半を告げるチャイムにより正気に戻る。そして目の前の状況を把握しようと努めた。


 「え、な、なに…」


 しばしの静寂の後なんとか声を絞り出した。

 対人スキル偏差値23の俺にはこれが限界だった。同級生に話しかけられるという場面が片手で数えられる程度しかない上に、かわいい美少女である。無視しなかっただけ偉い。


 「同じクラスで、しかも席も前後なのに話せなくて少し残念だったんです。そうしたらこんなところで会えたので話しかけちゃいました。」


 彼女はそうはにかみながら答えた。


 「おっ…うん。」


 かわいい。生物学上で同じ種に分類されていることに感謝するレベルでかわいい。


 「斉藤くんはどうしてここにいるんです?部活はもう決めたんですか?」


 質問が飛んできた。ここは素直に答えていいのだろうか。帰宅部になろうと思ったら無理だったので人がいなさそうなところに避難してきた、なんて答えたら彼女に変に思われるのではないか。適当に嘘をついて体裁を取り繕うべきなのではないのか。今日1日ちっとも使わなかった脳がフルで活動する。



 ・・・いや、違う。彼女にとって俺に話しかけることなど、掃除していたら部屋の隅に驚くほど大きいホコリがあったから記念に写真撮っておこう程度の感覚なんだ。好感度マイナス1200点の人がマイナス1000点を目指して嘘をつくなど滑稽以外の何物でもない。


 「入りたくもない部活動が強制と知って、昼休みに見つけたパーソナルぼっちスペースで途方に暮れていた。」


 先程の脳内問答のおかげで幾分平常心を取り戻し、いつもの調子で素直に答えた。


 「一人でいて大丈夫なんですか?」


 またも質問が来た。どうやら彼女は大きなホコリに並々ならぬ関心がある奇特な人らしい。てか大丈夫ですかってなんだよ。大丈夫だよ。ぼくつよいからひとりでへいきだもん。

 


 大丈夫だからもうどっかいけ、そう言おうかと思ったときこの状況の違和感に気づいた。

 まず彼女がここにいることがおかしい。あまりの居心地の良さに気づかなかったがここは図書室の最奥である。百歩譲って部活見学の時間に偶然図書室に来る事があったとしても果たしてこんな僻地に来るだろうか?


 次になぜ彼女は一人なのだろうか。昼休みも授業の間の休みも多くのクラスメイトに囲われていた。部活体験というレクリエーションで彼女が一人になることがあるだろうか。仮に彼女が行きたいという部活が誰とも被らなかったとしても、みんなの行きたいところを順に回ろうということになりそうなものである。


 そして今の質問だ。一人でいて大丈夫なんですか、なんて聞き方、一人でいることが大丈夫と思っている人の口からは決して出てこない。

 そもそも俺がこの地を見つけた心理状態を考え直せばよかったのだ。

 「まあ初日から誰とでもすぐ仲良くなれるなんてことは不可能だからな。」

 彼女は少し驚いたような表情をしたあと静かに俺の向かいにある席に着いた。



 「どういう意味ですか?」


 「そのままの意味だ。お前こそどうしたんだ。こんな場所に来るなんて。」



 そう言うと彼女はしばし考える素振りをした後、独り言のようにこれまでのことを語りだした。



 「私は奈良の小中一貫校に通っていました。しかし親の転勤でこちらに来ることになり、知っている人が誰もいないこの高校に進学することになりました。幸い教室に入ったら、周りの人たちはたくさん話しかけてくれました。私は安心しました。なんとか新たな土地でもみなさんと仲良くやっていけそうだと。」


 席を立ち窓の外を見ながら続けた。


 「しかし、昼休みになってみなさんとお昼ご飯を食べている頃から疎外感を感じるようになってきました。みなさんは揃って私を褒めてくれます。私も人間です、褒められたら素直に嬉しいと感じます。でも、私とはあまり話してくれません。私の話をしていても、私と話してはくれませんでした。」


 そういや後ろの席で盛り上がっているときに白川の声は聞こえなかったな。


 「そして部活体験の時間になりました。クラスのみなさんと色々な部活を巡ることになり、竹田さんが私にどの部活を見たいか尋ねてきました。小学生の頃から趣味で編み物をやっていたので手芸部に行きたいと答えました。そうすると手芸部に行こうということになりました。このとき私はみなさんがとても遠くにいるように感じ、思わず立ち止まってしまいました。」


 彼女はそう話しながらこちらを向いた。


 「みなさんが手芸に興味がないということは表情を見ればすぐにわかったんです。手芸の話をしていますが内心は手芸なんてどうでもいいに違いありません。どうして誰も代案を出さないのでしょうか。なんで誰も他の人の意見を聞かないのでしょうか。」


 彼女は一息つく。俺は黙って聞いていた。


 「一度そう感じると、もういても立ってもいられませんでした。私はみんなと対等に話をしたりしたいのに。私は何も特別な階級にいる人間ではありません。仮にそういう地位の人間だったとしても、クラスメイトとはいちクラスメイトとして接してほしいのです。なのに、今日の関係はまるで芸能人と芸能人に気を使っている関係者です。」


 そう言い終えると再びさっきの席に腰を掛けた。


 大きな夕日が彼女の小さな表情を暖かく照らしていた。



 「そして用事があると言い残して皆さんから離れ、一人になれそうなところを探していると、いつしかここにたどり着いていました。」


 長々と申し訳ありません。すべてを吐露し終えて、少し気が楽になったのか、照れ隠しか、笑顔でそう言った。

 



 ・・・。

 正直自分がこの学校一のコミュ障だと思っていたが入学初日にしてその座を明け渡す時が来ることになるとは思ってもみなかった。


 「・・・お前は最初から相手に何を求めているんだ。」


 少し間をおいてそう返した。


「どういうことでしょうか。」


 「クラスの女連中の考えていることなんてわからんが、異様にかわいいお前とどう接したらいいのかわからなくても無理はない。人付きあいとは相手との適切な距離を見つける作業なんだ。お前が相手が取る距離感におかしさを感じたのならこちらからも距離を詰めればいい。チャンスはいくらでもあっただろう。例えば竹田が部活を聞いてきたとき聞き返すとか。」


 一呼吸置く。


 「とにかくはじめから初対面の人とお互いがちょうどいいと思える距離感をつかめる人なんていないだろう。相手が遠いと思ったらこちらから踏み込む。相手が近いと感じたらすっと身を引く。そうやって他人との心地いい距離感をつかめばいい。」


 「はい。」


 静かにそう答えた。今まではすでに出来上がった人間関係の中に入ればいい生活を過ごしてきたんだ。色々思うところもあるのだろう。


 「しかしこれは人付き合いが壊滅している俺の意見だから、なんの役にも立たないだろう。今後も多くの人間関係を築きたいと考えるなら自分で考えることだな。」


 「確かにぼっちの考えですもんね。」


 彼女は笑いながらそう答えた。


 「でも、ありがとうございました。」


 すっかり落ち着きを取り戻したようだ。

 どうやらぼっちの戯言もたまには役に立つらしい。



 「あの、ちょっと待ってください。」


 席を立ち、帰ろうとしたら虚を突かれた。


 「ええと、なんだろう。」

 「部活はどうするんですか。」


 ああ、そんなのあったね。


 「どうするんだろうね。」

 「え。」


 俺が教えてほしいもんだ。


 「悪かった。」

 しかし、まあ部活すら決められないやつに説教くさいことを言われたとなったら心中穏やかではないだろう。

 ここは謝っておくことにした。


 「どうして謝るんですか。そうじゃなくて、まだ部活を決めてないんですよね。」

 「ああ。」


 白川は意を決したような表情になる。


 「では、私達で部活を作りませんか?」



 「は?」


 またも虚を突かれる。どうも虚が多い体質らしい。ところで虚ってなんだ。


 「だから部活を新しく作りましょう。部員が2人いれば新しい部活を作れると生徒手帳に書いてありました。」


 「でも俺以外のもう1人はどうするんだ?部員を探すなんて高等技術、俺にはないぞ。」


 「だ・か・ら、私達で部活を作りましょうと言っているんです。そうすれば、斉藤くんは面倒な人間関係を増やす必要もなく入部ノルマも達成できます。」


  確かに名案だ。しかし疑問点がいくつかある。


 「まずお前のメリットはなんだ。それと顧問はどうする。こんな不純な動機で設立された部活を通してくれる教師がいるとは思えんが。」


 「私はこの部に入って一人で編み物ができます。実は手芸部の見学に行った時、手芸部の方々もあまり手芸に興味が無いらしくボードゲームばかりやっていました。編み物を一人でできるスペースが確保できるなら私もメリットがあります。」


 「で、顧問は?」


「それはワシが請け負おう。」


 「うおおっ」「わっ」


 思わぬところからの声に二人して素っ頓狂な声を出してしまった。


 呆然とする二人を起こすかのような午後6時の帰宅を促す放送が入学初日の終わりを告げた。





 図書室は下駄箱から最も遠い位置にある。自然と二人の会話が再開される。

 

 「顧問から部室まで決まっちゃいましたね。」

 「部活の申請が通ればだけどな。」


 司書のおじいさん曰く、例の図書室の一角を部室として使って良いとのことだ。


 「ところでどうして斉藤くんはぼっちでいるのですか?」


 手持ち無沙汰な時間の解決を図った白川から手厳しい質問が来た。


 「俺は基本一人が好きなんだ。必要があれば他人とも関わるが、自ら進んで交友関係を広げようとは思わない。第一他人が何を考えてるかがちっともわからない。優しい言葉を言っていたとしても本心は何を考えていることやら。どうせ相手のことがすべてわかるわけでもないなら最初から知ろうとしなくてもいいだろ。まあそんなことを常々思っていたら無事ぼっち人生を邁進しているわけだ。」


 「他人の本心は知り得ない、ということですか。」


 「まあそういうことだな。知りたいとも思わないってのが根本にあるが。」


 彼女は少し考える。


 「今私が斉藤くんをどう考えているか興味はありませんか?」


 「ないね。お前みたいにかわいいやつから見れば俺なんてどうせ路傍の石の下の土程度の存在だろ。」


 「私、もっとブスで生まれたかったなぁ。」


 白川は小声でとんでもないことを言う。


 「お前それ絶対クラスでは言うなよ。確かに、そうなら竹田たちとの関係にここまで苦心することはなかったかもしれないが、修復不可能レベルでお前の人間関係が崩壊するぞ。」


 「・・・冗談です。」


 そんな話をしていると下駄箱に着いたので俺たちは離れた。

 夕日が眩しいのか、別れ際の彼女の表情が少し怒っているように見えた。




 白川も家が高校から近いという。ご近所かと思って場所を聞いたが真逆の方角だった。


 校門までの間、まだ無言であることが心地よいと思える関係になっていない俺たちは無理やり会話を続けようとした。そんなことをしたせいか、柄にもなくいつも思っていることを口にしてしまった。


 「人ってのは生まれてから死ぬまで本質的にはずっと独りなんだと思う。」

 「えっ。」


 「結局『自分』と『その他すべて』でこの世界は成り立っている。俺の人生に登場する大多数は本心のわからない他人だと思うとぞっとするときがたまにある。」


 「だから斉藤くんはいつも一人でいるのですか?」

 「・・・そうかもしれないな。」


 校門に着いた。永遠にも思えた15分がいよいよ終わろうとしている。



 「じゃあな白川。一人でいるってのも案外楽しいぞ。」

 「はい。また明日。他人と関わることも面白いですよ。」



 俺たちを見守るように少し顔を出していた夕日は安心したように西の山へ沈んでいった。

 








 「おにぃ学校どうだったぁ?」

 夕飯を食べていると隣で食べる妹がニヤニヤしながら聞いてきた。


 「まあ、特に何もなかった。」

 「友達できた?」

 「もちろん」

 「え」

 「できなかった。」

 「はぁ。」

 「綾は新しいクラスどうだった?」

 「別に。」


 予想通りの返答で興味を失ったのか妹は話を続ける気をなくしたようだ。


 もう妹の目にはテーブルの上のカレーしか映っていないことだろう。俺も食事に戻ることにする。


 夕ご飯を食べ終わったらどっと疲れが出た。初日からいろんな事があり、精神的にも肉体的にもかなり疲労していたようだ。今日は早く寝よう。



 ・・・ああ、そういえば今日はこんな事があったな。


 「そういやクラスの女子と新しい部活たちあげることになった。」

 そう言い残してリビングを出た。



 「ええ!」


 妹の絶叫が聞こえたのは部屋のベッドに飛び込んですぐだった。


 

 



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