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俺だけがいる世界  作者: 北野こち
第10章 終わりがあるから始められる
198/241

194. それ以上でもそれ以下でもない関係




 翌週、朝からはっきりしない空模様の日。なにかあったようで実はなにもなかった放生の教育実習期間も残すところ今日が最後だという。



 低気圧の日特有のどんより感をやる気が出ない言い訳にして教科書を開くこともせず、教壇に立つ放生に時折目を配りながら俺はぼんやりと彼女との2週間を振り返った。


 はじめは放生という一癖も二癖もありそうな人間が突然ぽんとクラスに放り込まれ、何かしらの事態が起こるかとうっすらと思っていたが、現実の高校の教育実習での生徒と教生の関わりなどたかが知れていた。実際に俺が放生と会話したのは先週とおとといくらいに話しかけられた休み時間での短いものくらいだ。そもそも声を聞いたのも両手で数えられるほどである。


 教育実習最終日ということで、吉野の計らいなのかそれとも教育実習のカリキュラムに含まれているのか知らないが、今日は最初から最後まで放生が国語の授業を一人で行っている。

 俺はいつもならスマホをいじったりグラウンドを見たり漫画を読んだりしているところだが、まぁ最後くらいはという気持ちもあって漫画を机の奥にしまって窓の桟に肘を置きながら放生のたどたどしい授業を聞いてやっている。



 周りのクラスメイトも放生に対して会った当初、そして今も様々な感情を持っていると思うが今はちゃんと授業を聞いているようだ。


 まぁ現実の教育実習なんてこんなものだ。なんとなく苦手そうな人がいたとしても、なんとなく気が合いそうな人がいたとしても、必ずしも排除したり仲を深めたりするわけではない。


 得てして多くの人間関係は仲がいい・悪いの間のグレーゾーンに位置し、学生であってもビジネスライクな関係性というものが保たれるものだ。

 家族や仲の良い友人と不和が起こるのは相手に期待しているから。身近にいる人には最低レベルの自分の理想を求めるからだ。

 しかしビジネスライクな関係には何も起こらない。なぜなら何も期待していない。何かを求めるより、何もないことを求める。それが一番楽で、一番実害がない。

 だから当然事件も起こらない。あと数日耐えたらいなくなる相手に直接害を与える人も、特別仲良くなるためのアクションを起こす人も、現実にはなかなか居ないのだ。





 「このようにほとんど正反対の主張を出す『二項対立』で論を展開することで主題の正当性を強調しているんですね」






 教鞭を執る放生の解説が続く。


 いつもの吉野のようなベテラン教師ならもう少し生徒との(かなり面倒な)やりとりや生徒同士の(非常に面倒な)グループワークなどが授業中に含まれるだろう。おそらく新米というか教師の卵にとっては内容を伝えることで精一杯で、そういったインタラクティブな授業はできないのだろう。


 放生の視線は黒板と教卓の上に置かれたノートが主だ。単に余裕がないのか、もしかしたらさらに余裕がなくならないようクラス全員が自分に視線を向けているプレッシャーから無意識に逃げているのかもしれない。まぁたしかに中学までの教育実習生の授業も確かこんな初々しいものだったような気もする。



 ぺらっ。放生がノートをめくる。そのかすかな音で、ふとあの俺達のことが書かれているであろうノートの存在を思い出した。

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